執事ちゃんの恋
第8話
第8話
――― 目の回るほどの忙しさって、こういうことを言うんだわ。
ヒヨリはここ数週間のことを思い出しながら、こっそりとため息をついた。
ヒヨリがコウの執事となって気がつけばひと月がたっていた。
その間、ずっとこの忙しさに翻弄されつつも、ときおり息抜きと称してコウが学校へ行っている間に姫部屋があるマンションへと出向き、疲れを癒しながら元気をチャージするという生活を送っていた。
が、この忙しさとも今日でひとまずは終わりだ。
疲労困憊する身体に鞭を打ち、自分に頑張れと言い聞かせながらヒヨリは準備に精を出す。
今日は文月家長女であるコウの16歳の誕生日だ。
16歳。
文月家の女にとっては節目の年でもある。
未来の婿候補を品定めするパーティーが初めて行われるからだ。
主だってはコウの誕生日パーティーということになっているが、実のところは婿選びと言ったほうが正しいかもしれない。
名門中の名門、文月家の長女を娶ること。
それはある種、ステータスみたいなものだ。
コウを嫁にもらう、すなわち巨大なバックを手に入れたも同然ということなのだから。
あちこちの名ある家筋の者、政治家や官僚、有名企業の未来の社長候補が、ひとつしかない席を競い合う。
そんな小競り合いや冷戦を繰り広げられる場となる、コウの誕生日パーティー。
コウはこのことをどう受け止めているのだろうか。
ヒヨリは作業の手を少しだけ止めて、傍でお茶を飲んでいるコウを盗み見る。
今日、コウに出したお茶は秋摘みのダージリン。
実家の伝を使い、おいしい茶葉が手に入ったのでコウに是非とも飲んでもらおうと、先ほど焼きたてクッキーと一緒に出した。
部屋に香るのは、マスカットフレーバーの優しき香り。
この香りでコウの心も癒されてくれるといいのに、とヒヨリは願って止まない。