執事ちゃんの恋
「一度お部屋に戻りましょう」
「でも!」
「パーティーを中座したくないというコウ様の気持ちはわかります。ホストとして、主役として会場にいなくてはならない。その使命感もわかっております」
「……」
「しかし、この足でパンプスを履けば、もっと傷が酷くなる。そうなれば、立っていることもままならなくなるでしょう」
静かに、しかし強く言い切るヒヨリにコウは言葉が出ず、ただ唇を噛み締めた。
まだ頑なに頷かないコウを見て、ヒヨリは困った表情を浮かべた。
コウの気持ちもわからなくはない。
だが、このままではもっと傷は酷くなってしまう。
チラリと会場の隅にあるグランドピアノに視線を向けたあと、腕時計を見る。
「コウ様。今から、ご親戚の衛様のピアノ演奏が入ります。その間でしたら会場も照明を落としますから、コウさまが抜けられてもお気づきになられる方は少ないかと」
「……」
なかなか頷かないコウに、ヒヨリは少しだけ焦る。
しかし、タイミングよく照明が少しだけ落ちて暗くなる。
近くに寄らなければ、人の顔が判別できないぐらいの暗さだ。
今しかない。
ヒヨリは、コウに小さく囁いた。
「失礼」
「ちょ、ちょっと! ヒナタ!?」
ヒヨリはコウの膝裏に手を添え、ヒョイッとコウを抱き上げた。
あまりの軽さに、ヒヨリは吃驚しながらも、そのままゆっくりとコウを抱きかかえたまま会場を後にする。