執事ちゃんの恋
「え……?」
動きたくても動けない。
言葉を発したくても、なにも言葉が出てこない。声にならない。
今のヒヨリはそんな状況だった。
コウの控え室にと取っておいた部屋のすぐ隣。そこはヒヨリの部屋として、そしてなにか不測の事態に備えるべく取っておいた部屋だ。
その部屋のドアに背を預け、俯き加減で立っている人物がいた。
その人は、ヒヨリの動きを止めるほど威力がある人だった。
言葉をなくして立ちつくすヒヨリに気がついたその人は、顔をあげてヒヨリに微笑んだ。
「久しぶり、ですね」
「……な、なんで?」
ヒヨリに口は疑問を言うだけしかできなかった。
搾り出した声も、かすかに震えている。
グッと握り締めた手が、所在なさげだ。
そんなヒヨリに一歩一歩と近づいたその人は、力が入りすぎて傷になりそうなヒヨリの手を解くように触れた。
「こうしてヒヨリに触れるのも、久しぶりですね」
「た、健……せんせ」
思わず呟いた声に、ヒヨリはハッと気がつき周りを見渡した。
だが、その廊下にはヒヨリと健のふたりだけだった。
ヒヨリはホッと胸を撫で下ろす。
思わず出てしまった声。
その声は、まさしくヒヨリ自身の声。女の声をしてしまっていたからだ。
ヒヨリはこれ以上事態を悪化させたくはないと考え、急いでカードキーを取り出し開錠すると、健の腕を掴んだ。