執事ちゃんの恋
「とにかく、中へ」
健の背中を押して、慌てて部屋に押し込んだ。
バタンと扉が閉じる音がしたあと、ヒヨリは少しだけ安堵して息を吐き出す。
そんなヒヨリを余所に、健はのんびりとしたものだ。
「そんなところに突っ立っていないで中に入ろうか、ヒヨリ」
「……健せんせ」
物言いたげなヒヨリを見て、健はクスクスと笑うだけ。
ササッと中へと入っていく健の背中を見て、ヒヨリも慌てて中へと足を向けた。
中ほどまで行くと健はソファーに腰を下ろし身を預け、長い足を組む。
――― 相変わらずカッコイイ……
思わずそう呟いてしまいそうになったヒヨリは、慌てて脳裏に浮かんだ言葉を掻き消した。
そして今、目の前で起こっている現実に目を向ける。
「た、健せんせ!」
「なんですか? ヒヨリ」
「ど、どうしてここに?」
「さぁ、どうしてでしょう?」
慌てまくるヒヨリに対し、健は余裕そのものだ。
表情をクルクル変えるヒヨリを見ながら、健はクスクスと笑うだけ。
飄々とした様子の健を見て、ヒヨリはため息しか出てこない。
これ以上問い詰めたとしても、のらりくらりとかわされるだけだ。
健の性格を熟知しているヒヨリは、ドッと疲れが出て脱力した。
「ここのフロアは文月家の関係者しか入れないようにしてあるはずなのに……」
警備員も何人も配置してあるし、このフロアに入るためには専用のカードキーがなければ降り立つことも出来ないようになっている。
ホテルのセキュリティも万全にしているはずだ。
それなのに、どうしてこのフロアに健がいるというのだろうか。
それも逃げ隠れもせず、堂々と。
一度、ホテル側に連絡を取って確認したほうがいいだろうか。
ヒヨリがそう考えて部屋の電話へと向かおうとすると、やっと健が口を開いた。