執事ちゃんの恋
「私は、文月家の関係者だからねぇ」
「は!? ど、どういうこと?」
ヒヨリは、身を乗り出してソファーに座る健に近づく。
すると健の手が伸びてきて、ヒヨリは健に捕まってしまった。
「ちょ、ちょっと! 健せんせ!?」
健の手が、ヒヨリの身体をなぞっていく。
数ヶ月前に与えられた甘美な時間を思い出させるボディタッチにヒヨリは困惑した。
その手を遮ろうと抗議するヒヨリに、健は意味ありげに微笑んだ。
しかし、目が笑っていない。
そのことに気がついたヒヨリは、ビクリと身体を震わせた。
「そんなことより、ヒヨリ。これはなんですか」
「へ?」
グンと健に腕を掴まれ、引き寄せられたヒヨリはソファーに倒れこむ。
健はヒヨリに覆いかぶさり、ヒヨリの両腕をソファーに押し付けた。
「誰の断りを得て、髪を切ったんですか?」
口調は穏やかだ。
しかし、目が笑っていない。
――― 健せんせ、怒ってる!?
間近で見る健の瞳は怒りに満ちていた。
ヒヨリはなんとか反論をしようと必死だ。
「だ、だって……し、しかたがなかったんだもの」
髪を切った理由。
それにはヒヨリにとって深い理由があった。
ヒナタの代わりになるために。意とせぬ結婚から逃れるために。
グッと唇に力を込めて、どうしても涙目になってしまうのを我慢した。
が、至近距離にいる健には誤魔化しようもない。
ヒヨリは困って健に視線を向けるしかできないでいた。
すると健は、短くなってしまったヒヨリの髪に指先で触れた。
「あんなに美しかったのに。でも、ショートカットのヒヨリも色気が増して……これは、これでいいですね」
「っ!」
「どんなヒヨリでも、可愛いからね」
「!」
絶句するヒヨリに笑いかける健。
その笑顔は、どんな武器にも勝るものだった。