執事ちゃんの恋
「き、き、き、霧島って……もしかして、もしかしなくても」
ヒヨリが言おうとした人の名前を、健は腹黒そうな笑みを浮かべてのたまった。
「ええ。ヒヨリの父親であり、霧島家当主の霧島宗徳」
「って、ことは……?」
この入れ替わり作戦を、目の前の健は知っているということになる。
健は返事の変わりに、コクリと深く頷いた。
この状況がますます掴めなくなってきたヒヨリは、なんとか健の悪戯な手から逃れソファーから立ち上がった。
そして健に背を向けたまま、今までのこの流れを整理する。
――― とにかく整理だ。もう頭が真っ白でわけがわかんないっ!
ヒヨリは、ウーンと唸りながら背中に感じる健の視線にも気にしながら整理していく。
今日は文月家の長女であるコウの誕生日パーティーだ。
ここに招待されるのは、名高い名士や家柄の人間ばかり。
そしてこのホテルのこの階。ここは文月家の、それも一握りの人間しか立ち入りを許されていないはず。
それなのに健は、何食わぬ顔をしてやってきた。
『文月家の関係者』健は間違いなくそういっていたし、実際問題本当に文月家の関係者だけしかこのフロアに降り立つことは出来ないことになっている。
そして、これが一番重要。
ヒヨリの父親である、宗徳に直接今回の入れ替わりのことを聞いたということだ。
通常は、忙しい人だ。
なかなか本家にも帰ってくることがない宗徳と話したという。それも、トップシークレットの話しを、だ。
それでけで、鈴木健という人物が大物だということを表している。
――― いったい全体、これはどういうことなの?
ヒヨリは整理していたはずなのに、現実を突きつけられてますます困惑する。
――― それもお父様のことを『霧島』と呼び捨てにしていた。
どう考えても、宗徳は健より目上の人間だ。
近所に住むというだけの間柄で、そんなふうに呼び捨てにするだなんてどう考えてもおかしい。
いったい、これはどういうことなんだろうか。