執事ちゃんの恋
ヒヨリ10歳。
初恋の瞬間だった。
あれから、ずっと健せんせ一筋だ。
中学卒業と同時に、イギリスに留学。
――― 早く日本に戻りたい。健せんせに会いたい!
その一心で、必死になって勉強をこなし、飛び級制度を使って意地で今年日本に戻ってきた。
大学はもちろんだが、霧島家代々から続くお茶問屋ではない本家業のための勉強も文字通り死に物狂いでこなしてきた。
健せんせに会いたい。
その気持ちだけで乗りきったイギリス留学。
ヒヨリは、思わず自画自賛したくなるほどだった。
――― なにがなんでも20歳の誕生日までには日本に帰ってきたかった。健せんせに会いたかったから。
万が一、これ以上留学期間が延びてしまっていたら……健に会うことができなかったかもしれない。
そう思うと背筋が凍る思いをするが、こうして平穏な日々を過ごすのも、あと少ししかない。
だからこそ、こうして健とふたりきりの時間を大事にしたい。
甘い雰囲気もない。恋人同士でもなんでもないふたり。
だけど、こうして縁側で座り込んで他愛もない話しをする。
その時間がどれだけ大事か。
ヒヨリにはわかっていた。
思わず涙ぐんでしまいそうになるのを誤魔化すように、ヒヨリは無理をして笑った。
「あれから10年だよ、健せんせ」
「ああ、本当月日がたつのは早いよなぁ」
感慨深くヒヨリを見て瞳を細める健。
きっと今、健は小学生だったヒヨリを思い浮かべているのだろう。
ヒヨリは、少しだけ清ましながら健に言う。
「少しは女らしくなってきた?」
「ああ。目がくらむほどの女になったな、ヒヨリ」
そういって優しく微笑む健。
それに付き合って、ヒヨリも笑みを浮かべる。
――― 嘘つき。健せんせの嘘つき。
知っている。健せんせにとって、私はいつまでも子供のまま。
小学生のヒヨリの面影しかみていない。
今の、19歳の私を見ていない。
そう感じていても言葉には出せない。表情も出せない。
だって、そんな想いを告げたって苦しくなるのはわかっているから。