執事ちゃんの恋





 健は、文月家の関係者だと言っていた。

 半信半疑ではあったが、あのフロアにいたということは、それを証明していた。

 さきほどガードマン、そしてホテルのセキュリティを担当している人物に無線を使って確認したが、やはり怪しい動きはなかったという報告だ。

 となれば、やはり健の言っていることは正しいということになる。


 そう、健が文月家の関係者だという言葉は本当だということだ。 

 しかし、とヒヨリはこっそりと眉を顰める。


 健の苗字は鈴木だ。

 それなのに文月家の関係者だというのには疑問を抱いてしまう。

 
 健は、静岡の山奥、茶畑が広がるあののどかな村で絵を描いて暮らしている。

 
 ときおり絵を描きに出かけているのか、フラリとどこかに数ヶ月いなくなってしまうのはいつものことだ。

 画家としてそれなりに名が知れているとは聞いてはいるが、詳しいことは闇の中。

 よくよく考えてみれば知らないことが多すぎるという点に気がつき、ヒヨリは愕然とした。

 
 ――― もし、もしも私が知っている健せんせに別の顔があるとしたら?


 こうなってくると、その仮定は信憑性を増してくる。

 ヒヨリが知っている表の顔とは別に……なにか、ヒヨリに隠している重大な秘密が健にはあるのではないだろうか。


 それをヒヨリの父である、霧島家当主も共犯で隠しているとしたら……?

 コウに笑顔で近づいてくる健を、ヒヨリは注意深く見つめた。






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