執事ちゃんの恋
第16話
第16話
その後、コウからヒヨリのことを催促されることはなかった。
だからこそ安心していたのに、もっと厄介なことになって難題は舞い降りてきた。
「……ヒヨリですか?」
「ああ。彼女とはもうかなり会っていない。久しぶりに会いたいから連絡をつけてくれないか? ヒナタ」
それは突然の出来事だった。
構えていなかったので動揺した。目の前の文月家当主である栄西にばれていないことだけを祈る。
今日は久しぶりに栄西が仕事を早めに切り上げることができたということで、親子水入らずの夕食だった。
ヒヨリはいつもどおり、その食卓の場にいて給仕をメイドたちに紛れて手伝っていた。
お抱えシェフが腕によりをかけて作った和食膳は、見た目も鮮やかだ。
味も折り紙つきだろう。
文月家で働いている者たちも、シェフが作ってくれた食事をとっているから大体どんな味かは予想ができる。
まかないという食事だとしても手を抜かない。
職人と呼んでもいいほどの初老の頑固親父だ。
だからこそ仕事は確かで、誰もがその味に唸るのだ。
食後にはほうじ茶をお出しし、あとは片付けのみとなった。
片付けもあらかた終わり、使用人たちは部屋をあとにしていく。ヒヨリも皆と同様、退室しようとしたのだが、栄西に呼び止められ懸念していたことを聞かれたのだ。
「それが……ヒヨリがどこにいるのか、私も把握できておりませんので」
「君の父、霧島も自分の娘と連絡がつけれぬというのか?」
「……一度、父に連絡をしてみます」
相変わらず眼光が鋭い。
栄西の顔をまっすぐと見ていると、いずれこの入れ替わりがばれてしまうのではないかと危惧してしまう。
そんなヒヨリの心に気がついているのか、気がついていないのか。
表情を読み取れない栄西を見て、ヒヨリは内心ため息をつきたい心境だ。
「コウから頼まれてな」
チラリと栄西がコウに視線を投げる。
すると、コウはえへへと照れ笑いを浮かべた。