執事ちゃんの恋





 大きくため息をつくヒヨリに対し、健はというといつもどおり。飄々としている。

 健は運転席に乗り込みシートベルトをしたあと、チラリと隣に座るヒヨリに視線を向けた。


「ほら、ヒナタ。シートベルトして」

「……わかりました」


 ここまできたら逃げることはできないらしい。

 ヒヨリは半ば諦め、シートベルトをつける。

 カチャという音がしたのを確認したあと、健はゆっくりとアクセルを踏む。


「健さまは、車を運転されるのですね。運転手はつけないのですか?」

「ああ。村では乗っていないからね。運転手はつけないんだ。もともと運転は好きだからね」


 健は、ヒヨリの仏頂面と態度がおかしいのだろう。

 クスクスと笑いながらハンドルを握る。

 
「ところで、健さま」

「なんだい、ヒナタ……って、もう二人きりなのだしヒヨリと呼んでも構わないかい?」

「えっと……」


 確かに車内には、ヒヨリと健の二人きりだ。

 誰も聞いていないのだから、いつものように呼び合えばいい。

 しかし、ヒヨリはなんとなく、今はいつものように振舞うことができそうにない。

 なんでだろうと考えてわかったことは、この服装のせいだということだ。

 そのことに健も気がついたのだろう、小さく笑う。


「ヒヨリはその執事服でオンとオフを切り替えているんだろうね。だから、その格好だといつものヒヨリに戻れない」

「……そう、なんでしょうね」


 健の指摘するとおりだと思い、コクリと頷く。

 そんなヒヨリに、健はクスクスと声をあげて笑う。


「執事服を着てキリリとしていると、ヒナタにしか見えないね。やっぱり執事服のときは、ヒナタと呼んだほうがいいかな?」

「からかわないでください」


 ツンとそっぽを向くヒヨリに、健はおかしそうに噴きだした。




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