執事ちゃんの恋





「いらっしゃい、健くん」

「こんにちは、マスター。もう来ているかな?」

「ええ。二階の奥の席にいますよ」


 どうやら健と喫茶店のマスターは顔見知りらしい。

 ヒヨリが所在無さげにしていると、マスターが彼女に視線を向けた。


「こちらのお嬢さんは?」

「え……?」

「あれ? お嬢さんじゃないのかな。ごめんね、可愛らしい人だから女の人かと思ったのだけど」

「い、いえ……間違いじゃないです、けど」


 ヒヨリはたじろぎながら、マスターをチラリと見た。

 今まで執事服を着たヒヨリを見て、女性だと気がついた人はいない。

 それなのに、ここのマスターはひと目みただけで感づいたのだ。

 ヒヨリは驚いて目を大きく見開いていると、隣で健は苦笑した。


「さすがはマスターですね。ひと目で見破るとは……いやはや只者じゃないですね、相変わらず」

「ははは! こういう仕事をしているとね、いろんな人を見る機会が多いからね。すぐにわかるのですよ」

「なるほど。マスターには隠し事はできないですね」

「まあね、そういうわけですよ」


 フフッと楽しげに笑ったあと、マスターはヒヨリに視線を再び戻した。


「そのような男装をしていらっしゃるということは……なにか理由がおありなんでしょう」

「……はい」

「こうして私にはバレてしまったのですから、ストレスが溜まったときには、いつでもおいでください」

「え?」

「ここでは気を抜いてもいいんですよ」


 瞳を細めると、目がなくなってしまうぐらいに細い目。

 たくわえた髭をゆっくりと梳き、マスターは小さく頷いた。

 ヒヨリは、マスターのその人柄にすっかり魅せられて「はい!」と嬉しそうに返事をした。

 ペコリと頭を下げる様は、どうみても二十歳の女の子だ。

 それをマスターと健は見ていてほほ笑ましかった。




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