執事ちゃんの恋
「文月財閥創立パーティーには、ヒヨリとして出席しなくてはならない。それは決定事項だよね?」
「はい」
「ヒヨリはギリギリまでヒナタとして執事の格好をして仕事をしなくてはならない。そして隙をみて、ヒヨリに変身しなくちゃならないだろう」
「……」
「そうしなければ怪しまれる。その日だけ違う執事をコウにつけることは可能だ。でも、そんな大きなパーティーにヒナタが会場にいないとなると不審がる人間も出てくる。特にコウ。あの子は、なかなかに勘が鋭いから」
健の言うとおりだ。
コウは勘が鋭いほうだ。この数ヶ月執事として傍に控えていて、それは肌で感じ取っていた。
「となれば、ホテルの一室でヒナタからヒヨリに変わらなくてはならない。それも短時間で。それをヒヨリひとりで出来るかな?」
「……できません」
「そうだね。そうなったら、ヒヨリのドレスアップを手伝う人間が必要だ。それも何もかも事情を知った人間が、ね」
「……」
「何も事情を知らない美容師を雇うこともできる。だけど、執事姿で男装をしているヒヨリを見て、変なふうに詮索されてしまってはいけないからね」
わかるね、と健は優しくヒヨリに諭す。
はい、と小さく頷くヒヨリを見て、健も安堵したようだ。
「彼女はね、結構有名なメイクアップアーティストなんだ。だから、彼女にすべて任せて大丈夫だから」
健のいうことはもっともだと感じたヒヨリだが、なにかが胸につかえている。
健の作戦に文句があるのではない。
ただ、健と美紗子の本当の関係が気になるだけ。
大学時代の先輩後輩関係だという二人だが、果たしてそれだけだろうか。
とても親しげに見える。それも、男女の関係を匂わせる……なにかを感じとる。
健が描いたという裸体のスケッチ。
被写体は美紗子なのではないか。
疑えば疑うほど、ヒヨリの心は重くなっていく。
チラリとヒヨリは美紗子に視線を向ける。
すると、屈託なく笑ってトンと胸を叩いた。
「任せておいて。事情はちゃんと健さんに聞いたし、口外は絶対にしないから」
「は、はい」
「当日は執事のヒナタくんとは別人だと周りに思わせるために、色っぽいヒヨリちゃんにしてあげるから」
任せてちょうだい! と笑顔で自信たっぷりに豪語した。
「お願いします」
ペコリと頭を下げながら、ヒヨリはなんだか複雑な気持ちを抱いた。