執事ちゃんの恋
「どうした? ヒヨリ」
「……」
「まだ心配ごとがあるのかい?」
「……」
「言ってごらん。そんな暗い表情で屋敷に戻ることは出来ないだろう。コウが心配するよ?」
健の言葉を聞いて、ヒヨリはハッとして背筋を伸ばした。
自分が今、執事の格好をしていて、ヒナタになっていることをすっかりと失念していたようだ。
だが、どうにも表情が暗い。
「ほら、言ってごらん。ヒヨリが心配していること、少しでも回避できるように私は努力するよ?」
「……健、せんせ」
下から見上げる形で健を見たあと、ヒヨリは健の胸に顔を埋めた。
「健せんせ。困らせちゃっていい?」
ポツリと呟くヒヨリは、今は年相応の女の子だった。
健は少しだけ頬を緩めて、自分の腕の中にいるヒヨリをキュッと抱きしめた。
「……美紗子さんて、健せんせの、なに?」
「え?」
「大学の先輩後輩関係だって言っていたよね」
「そうだよ」
「でも、それだけじゃないでしょ?」
ヒヨリはギュッと健のジャケットを握り締めた。
少しだけ震える肩。どうやらヒヨリは泣き出してしまったのか。
健は、腕の中にいるヒヨリを一度起こし、顔を覗きこんだ。
瞳が少しだけ潤んでみえる。
頬を紅潮させ、なにかに耐え忍ぶさまは、どこか頼りなさげだ。
ヒナタの代わりとして執事をしているときのヒヨリの様子ではなかった。
あの日。ヒヨリの誕生日の夜の表情によく似ていた。
どこか覚悟を決めたような表情、それも半ば諦めのようなものも見える。
健は、コウと同様で勘の鋭いヒヨリに苦笑した。