執事ちゃんの恋
ヒヨリは宗徳宛に届いたという手紙を指差すと、宗徳は深く頷いた。
ハラリと開き手紙を読むと、
『自分はそんな型にはまった人生は送りたくない。探さないでください。自分は自由奔放だから文月家にずっといることはできない。それに、執事の素質はヒヨリのほうがある。ヒヨリに今回の命を譲ります。ヒナタ』
――― おい、おい、おい。
ヒヨリは頭が痛くなって唸った。
確かに双子の片割れのヒナタは、風来坊なところがある。
イギリス留学中もなんどとなく姿をくらましては、ヒヨリを心配させたものだ。
その上、昔からかくれんぼや鬼ごっこという類は得意だった。
ここにきて、その特技をいかして姿を消すとは思わなかった。
それに、最後の一文がまたいただけない。
確かに、執事の勉強はヒナタと一緒にヒヨリもやっていた。
ヒヨリは、執事として働くことは皆無なため勉学をしなくても本当はよかった。
しかし、ヒナタが幾度となく逃亡を図ろうとするため、そのお目付け役としてヒヨリも一緒に執事教育を受けていたのだ。
だからヒヨリが文月家のお嬢様の執事になるのは不可能ではない。
だが、ヒヨリはヒヨリで家で決められた慣わしがある。
それに、文月家が要望しているのは霧島家本家の男子。執事教育をきちんと済ませている20歳以上の男なのだ。
はっきりいって女のヒヨリはお呼びではない。
ヒヨリは頭痛がする頭をなんとか奮い、もう1通、ヒヨリ宛だという手紙に手を伸ばす。
ヒヨリ宛だということで、封は切られていない。
ビリビリと封を開け、中の便箋を取り出した。
『ヒヨリへ。お前は男と偽って文月家のお嬢様にお仕えしろ。そうすれば、とりあえずは結婚を免れる』
思わず手に力が入り、便箋がグシャリと皺になる。
はやる気持ちを抑えながら、手紙を読み続ける。
『健先生のことを好きなまま他所の男と結婚なんてできないだろう。文月家に行ったからって健先生と結ばれることはないけど、他の男と結婚するよりはいくらかマシだろう。だから、ヒヨリ。執事になれ』
何も言ったことがなかったのに。
ヒナタはヒヨリの気持ちなどお見通しだったということだ。
確かにヒナタの言うとおり、このまま霧島家にいれば婿養子と結婚することになる。
でも、文月家に執事として上京すれば……。
未来に少しだけ光が差してきた。
ヒヨリは、その瞬間目の前の宗徳に宣言していた。
「私、文月家に行きます」