執事ちゃんの恋
「行きましょうか、健せんせ」
「ああ」
ニッコリと頷いたあと、健はクスクスと嬉しそうに笑う。
その様子を見て、ヒヨリは訳がわからず首を傾げる。
「せんせ?」
ヒヨリが名前を呼ぶと、健はチュッと音をたててヒヨリの頬にキスをした。
「ちょ、せ、せんせ!?」
慌てて距離を離そうとするヒヨリを、そうはさせないとばかりに健は強くヒヨリの手を引っ張った。
「いつものヒヨリらしくなってきたね」
「っ!」
「ヒヨリはそうでなくっちゃ!」
満足げに頷いたあと、健は美紗子に顔を向けた。
「美紗子、ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」
「ええ、お気をつけて」
優しげにほほ笑む美沙子を見たあと、健はそのまま背を向けて扉を開いた。
が、ヒヨリは見ていた。
健が背を向けた瞬間、ヒヨリに向けた視線の冷たさを。
再びゾクリと背筋が凍る思いがしたが、今は美紗子のことより目の前のこと。
ヒヨリは自分の腰にある健の手から感じる熱を味方に歩き出す。
「ヒヨリ、準備はいい?」
「もちろん。大丈夫よ!」
エレベーターから降り、パーティー会場がある大広間の入り口までやってきた。
扉越しに、華やかなクラシックの曲が鳴り響き、ガヤガヤと出席者たちの談話の声が洩れ聞こえてくる。
健に顔を覗きこまれたヒヨリは、至近距離で大きく頷いた。
その表情を見た健は、口元に笑みを浮かべ、ヒヨリをエスコートする。
扉を開け放ち、一歩会場に踏みいれると視線が一気に集まったのを全身で感じた。
さきほどまで男装をして、コウの執事としてこの会場にいたときとは格段に違う雰囲気を感じる。
健がエスコートしている。
そのことがどれだけ注目されるものなのか、改めて肌で感じたヒヨリは少し気後れがした。
が、今はとにかくヒヨリを全面に出していかなければならない。