インターバル
浴衣と仮面と尻尾
“KY”
これは“空気が読めない”の略語だが、誰かが「空気は読むんじゃない、吸うものだ!」 とか言っていた気がする。(ひねくれてる。)
でもこの場合の空気は“酸素”の事ではなく“雰囲気”の事で、私は今まさに、その“空気を読まなくてはいけない”状況にある。
きっと目の前いるあのヒトが普通の人だったら、すみませんと、声の一つでもかけることが出来たのだろうが、何せ目の前のヒトは普通じゃない。
どこの地域に祭りでも無いのに浴衣を着て、キツネのお面を被る人がいる。
いや、コスプレイヤーならわからんでもないが、その格好がコスプレではないことなどすぐにわかった。
だって、尻尾が揺れている。
『(やばいやばいやばい!
じーっとこっちを見てる!
お面を取るとすごい牙とか顔だけ毛むくじゃらとか…
た、食べられたらどうしよう……!
いや、食べられたらどうすることもできないけども!)』
ノリツッコミしながらも、冷や汗は尋常じゃない。どちらも言葉を交わすことなく見つめあう。
先に言葉を発したのは目の前のヒトだった。
「……おい。」
『はっ……はいっ!』
びっくりして、声が裏返ってしまった。返事をしたのはいいけれど、なぜか近づくお面のヒト……。
というより、男のヒトだったんだ…。髪が腰の辺りまであるから女のヒトかと思っていた。
だんだん縮まる距離。冷や汗は止まることなく、出続ける。
さらに男のヒトだとわかってしまった。間違いない、食べられる!
目の前に来てしまった今、もう空気を読んで黙っていることなんか出来なかった。
『わ、わたし!食べて、も美味しくな、いです……よ!』
「……は?」
勇気を振り絞って声を出したのに、聞こえてきたのは心底呆れ返った返事だった。
〈ファウっ!〉
どうしようかと、冷や汗はさらに加速。そんなとき、キツネが彼に向かって鳴いた……というより吠えた。
私を見ていた彼はキツネの方に顔を向ける。少ししてから、彼はまた私を見た。思わず後退りする。
「お前がやったのかと思った。」
『え?』
「こいつの事だ。」
『あ、違いますよ!罠にかかってて、それで!』
「わかっている。助けてくれたんだろう?……礼をいう。」
頭を下げられた。
突然の事に戸惑うが、もっと戸惑ったのは、顔を上げたときお面を取り、顔が見えたことだった。
「我が名は玖成(くじょう)お前の名はなんという。」
『えっと、弥国(みくに)……です。』
「…………弥国……。」
『?……あの……?』
「……あぁ、何でもない。……弥国、こいつは私が預かる。長い間歩き、疲れただろう?休んでいくといい。」
『いや、でも……』
「遠慮することはない。」
腕に抱えていたキツネを渡すと、彼は片方の腕だけでキツネを抱え、空いているもう片方の手で、私の手をつかみ、神社らしき建物の方へと引いていく。
その手と彼の言葉に甘えて、休んで行こうと決めた。
あんなに出ていた冷や汗はいつの間にか止まり、食べられるかもしれないと、バクバクと動いていた心臓も落ち着いていた。
だからかは分からないが、彼の顔を横目に見て、イケメンだなあ、なんて思ってる私はかなりのKYなのかもしれない。
120929