お腹が空きました。
「はい!」
元気に即答した紗耶に杉崎はクスッと笑い、「んじゃ着替えてこい」と、頭をポンと撫でた。
…
服を着替えて軽く化粧をする。
紗耶は眉をひきながら、そういえばスッピン見られたんだよなぁとぼんやり考えた。
動物園内を歩いている間、まさか杉崎とこんなことになるなんて考えもしなかったなと紗耶は鏡の前で頬を染める。
しかし、ふと思った。
こんなことって、どんなことだ?
これは付き合ったということなのか?
そういえばお互い明白な言葉は出していない。
好きなんて言葉も登場さえしていない。
紗耶はピタリと動きを止めながら焦った。
というか、そもそも。
杉崎とのこの関係をやめるのが嫌でYesかNOかと聞かれたからYesのボタンを押したのだが、自分自身が一番ハッキリしていないのではないかと紗耶は冷や汗を流した。
嫌だった。
杉崎さんと離れるなんて考えられなかった。
最近めっきり暗くなってしまう自分が、杉崎さんと一緒にいるときは不思議といつもの自分でいられた。
杉崎さんと二人でいるととても落ち着く。
楽しいし、ほんわりあったかくなる。
時々意地悪だけど、口も悪いけれど。
抱きしめられて初めて分かった。
ちょっと泣きそうになるくらい、この場所を求めていたんだと。
「あー、なんだ。」
私、杉崎さんが好きだ。
紗耶はリップを唇に塗りながら鏡に向かってニッコリ笑う。
言葉でハッキリ自覚すると、こんなにストンと心に収まるもんだとは思わなかった。
うん。
好き。
好きだ。
ぼんやり理解するのとでは全然違う鮮明さに、紗耶は胸が苦しくなる。
「準備出来たか?」
ひょこっと洗面台を覗き、俺は出来てるからな、と背を向けて出て行こうとする杉崎に、紗耶は思わず抱き付く。
んあ?!と立ち止まった杉崎は、背中にピタリとくっつく紗耶を首を曲げて覗きこんだ。
「どーした?」
腰に回された手に自分自身の手を重ねながら杉崎は珍しく優しく尋ねる。
「なんとなく。」
「ふーん、なんとなくな。」
クスクス笑って杉崎はしばらくされるがままになってくれていた。