お腹が空きました。
◆
「紗耶、なんかあった?」
「え、ええっ!」
資料を戻して自分のディスクに戻る途中、後ろから由美が何気無く紗耶に聞く。
「なんでっ?」
挙動不審に振り返る紗耶に、由美は隣の自分のディスクに座りながらチラっと視線を送った。
「まず、髪のまとめ方がいつもより女っぽい。」
由美は椅子に持たれて長い足を妖艶に組む。
「顔もいつもより甘めのナチュラルメイク。何より、雰囲気がウジウジくねくねしている!」
ビシッと指差された紗耶は、うっ…と言葉に詰まりながらも次の仕事の資料を掴んで椅子に座った。
というか雰囲気がくねくねってどういう事だ。
紗耶はなんとかごまかしつつ、パソコンに向かう。
「とにかく今は仕事しよ仕事!また雷落ちるよ。」
「まーたそうやって誤魔化す。そのピンクピンクした空気はどうしたのって聞いてるだけじゃない。」
ピンクピンク…
そんなピンクピンクしてるかな?と紗耶は自分の体を見回す。
特に普段と変わらない気がするが…。
「普通だよ普通ー…。」
その時、小声で言い合う二人の前を牛野が軽やかに横切った。
バチっと姿勢の良い牛野と目が合い、紗耶は少しだけ会釈する。
“大人の皮”を被った牛野は、ニッコリと含みのある微笑みを宿し、滑らかに隣の課に帰っていった。
「………。」
「…ちょっとちょっとなんなのよ!牛野さん⁈牛野さんなの?!アイコンタクトなんてとっちゃって‼」
「アイコンタクト⁈」
噛み付いて来る由美に、紗耶は必死で否定しながらチラリと係長のディスクに目をやった。