お腹が空きました。

ひとしきり驚いた後、紗耶は口を開けたまま、黙る由美を穴が空くほど見つめた。

「…。」

「……由美ちゃん。」

「ま、まだ決めてないんだからねっ。本当の本当に決めてないんだからねっ。

…でも、ぎ、疑惑も誤解だったみたいだし…その幼馴染も外国に帰るみたいだし。」

もごもご喋る由美の手をとり、紗耶はぽそりと聞く。

「結婚式には私も呼んでくれる?」

「だからまだ決まって…」

「おめでとう!!」

すごい、


すごいすごいすごーいっ!


今までぐすぐす愚痴ってた彼女の、照れたような、幸せそうなこの顔。

こんな嬉しいことがあるだろうか。


一人キャアキャア大はしゃぎする紗耶を見て、由美は笑ながら今日何回目かのため息をついた。





由美の件で、なんだか久しぶりに元気が出た。

自宅を目指して歩く紗耶の足は幾分か軽い。

まさか、

次々と仕事を回してくる辻が由美の事をそんな風に見ていただなんて。

紗耶がずっと感じていた辻への違和感は、もしかしたらこれだったのかもしれない。

だからあんなにあからさまに。

…小学生でももっと上手くできそうなことを。

しかし妊婦をたまたまだとしても殴るだなんて、それは本当にいただけない。

ふわっと由美の笑顔を思い出す。


良かったね、由美ちゃん。


本当の意味で、彼女の片思いが終りを迎えたのだ。

付き合っていても不安げな彼女の表情が、困惑と幸せで満ちている。

これほど嬉しい事は、他にはない。


紗耶はもう少しで星が出るであろう空をしばらく見上げる。

そのまま近づいて来た自分のアパートへ視線を戻すと、スッと思わず息を飲んだ。



ちょうど、アパートの前の道に、誰かが立っている。


あれは…。



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