お腹が空きました。
その影は、…杉崎ではなかった。
紗耶は少し怒った顔をしながら声を張り走る。
「良介…!」
その叱るような口調にくるりと振り向いた良介は、リラックスしたように片手をあげ笑った。
「あ、紗耶ー、お疲れー。」
「なんでここに…っ」
「ストップストップー。」
なだめるように両手をあげて、紗耶を静止させた良介は口角をあげる。
細いシルエットに締りのない姿勢。
…一瞬でも杉崎ではないのかと考えた自分にびっくりする。
全然違うのに。
思ってしまったのだ。
杉崎が、
杉崎が会いに来てくれたのではないかと。
それは自分勝手な、願望だった。
早く、早く会いたい。
彼に会いたい。
会いたい会いたい会いたい…っ!
壊れるぐらい抱きしめて欲しい。
全てを貪り尽くすようにキスして欲しい。
杉崎さん…
早く帰って来て…っ
「実はさ………、あ。」
ふと良介の目が見開かれる。
何故か紗耶のすぐ上を見上げる良介に、
紗耶は首を傾げて振り返ろうとした。
グイッ!
バランスが、崩れる。
何か言いかけた良介が視界から消え、紗耶は体が斜めになるのを感じた。
首に回る、長くて力のある腕に引っ張られ、紗耶は後ろに倒れ込む。
ぽすっと体ごと収まってしまった広い胸に、
背中に感じる温もりに、
大好きな匂いに、
紗耶はめまいを感じながらもゆっくり振り向いた。
「す、ぎ…」
「そこのヒョロイの。悪いがこいつはもう俺のだ。…一切触るな。」
その凄みのある声色に良介は目を見開いて困った顔をしながら一歩下がる。
「うわわわっだから違うって!とにかく聞いて!紗耶、これ優から。渡して来いって。」
慌てて紗耶に紙袋を渡しつつ、良介は更に一歩下がった。
放心状態のまま、紗耶は可愛らしい紙袋の中をぼんやりしながら覗く。
その中にはこれまた可愛らしい手作りクッキーが詰め込まれた袋とメモが入っていた。