わたしのピンクの錠剤
許されないことに許されないことを重ねてしまいました。
私はこの子と暮らすことを選んだのです。
私にとってそれは、今まで積み上げてきたもの全てを失うことでした。
そして、達哉さんのことで嘆き悲しんでいるご家族にとっては、更なる悲しみと怒りを抱かせる結果となってしまいました。
傷口に塩を塗るような新聞の報道や、面白おかしくわん曲させた週刊誌の記事など、予想だにしなかったのです。
いや、マスコミを非難するのは筋違いでした。
全て私が悪いのです。
本当に申し訳ございませんでした。
深く深くお詫び申し上げます。
娘にはあいかという名前をつけました。
あるルートで戸籍も手に入れました。
事件から5年が経ち、時効を迎えた折に養子縁組をして、名実共に親子になりました。
今年、娘は小学生になります。
中学生になったら、包み隠さず、全てを話すつもりです。
いつの日か、娘を連れて、ご挨拶に行けたらと願っております。
本当に申し訳ございませんでした。