磯野くんと花沢さん
「あ」
花子さんは、俺を見上げると言った。
それだけ言って、俯いた。
制服じゃないと、違う人みたいだな。
俺はヨレヨレの部屋着だったけど、引き返して着替えるのもカッコが悪い。
「わざわざケーキ持って来てくれたわよ」
いつも以上にニマニマする母親。
「…ありがとな」
「あの、風邪は?」
「大丈夫。月曜には行くから」
「…良かった」
少し笑った。
本当に安心したように。
「あと、傘と、お水を」
どうやら返しに来たらしい。
「良かったら、あがる?」
自分の声じゃないみたいだった。
どうせ明日も休みだし、熱でボンヤリしているし、だ。
そうだ、熱のせいで俺は、いつもの俺じゃなくてだな、でもその熱は花子きっかけであり、これを機に…。
「バカ言ってんじゃないの‼風邪をうつしたらどうすんの‼」
あえなく却下。
結局、微妙な距離感を残したまま、土曜日は終わってしまった。