幸せまでの距離

「脅しじゃないからね。

あんたが逃げるのなら、私は本当 にあんたの店に電話する」

「そんな……」

「……恨むんならトウマを恨んで ね。

あいつがだらしないから、あんた も巻きぞえをくって、私も嫌な目 にあった」

もうカナデからは逃げられない、 と、メグルは思った。

ここから逃げれば、今まで通り居 酒屋で働けなくなるだろう。

今まで育ててくれた祖父に恩返し がしたい。

高校時代、祖母・清にもたくさん の心配をかけてしまった。

真っ直ぐな生き様を見せて、今は 亡き清を安心させたい。

その一心でメグルは働いていた し、多少仕事がつらくても辞める 気はなかった。

それだけでなく、ただでさえ就職 難な時代。

辞めるのは簡単かもしれないが、 次の職を見つけるのは思った以上 に難しいと聞く。

居酒屋にやってくる就活中のフ リーター客が、企業から送られて きた不採用通知メールを見て、

「《この度はご希望に添えず申し 訳ありません。

今後も貴殿(きでん)のご活躍を お祈りしています》って。

お祈りメールなんかいらねーよ!

雇う気あんのか、ほんとに」

と、ボヤいてる姿を見て、メグル は不安を覚えた。

明日は我が身。

今は良くても、近い未来に自分が そういう立場になっているかもし れない。

客として来た彼らの本音は、アル コールが入っているのも手伝って ひどく生々しかった。

カナデと共にデートクラブの扉を くぐった瞬間、メグルは腹をく くった。

今の仕事をやめたくない、その思 いだけで――。
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