HAPPY CLOVER 2-ないしょの関係-
#01 大変なことになっちゃってます。(side舞)
――大変なことになっちゃったな……。
それが私の実感だ。
今、私は学校の玄関にいる。何気なく靴を履いて普通の顔で玄関を出る。
しばらく住宅地が続くのでとぼとぼと歩く。
この学校の悪いところは住宅地の外れにあることかもしれない。なぜなら生徒のほとんどがこの道を歩くから、今の私がこんな目に遭っているのだ。
でも、別に嫌々やっているわけじゃない。むしろ気持ちは空を飛べそうなくらいふわふわしている。
――ホント、飛んでいけたらいいのに。
いやいや、ダメだ。飛んだら目立ちすぎる。目立たないようにとぼとぼ歩いているのだ。勿論、私は普通の人間だから飛べるはずもないんだけど……。
そんなおバカなことを考えていると、ようやく片側三車線のやけに太い国道に出た。
私は周囲を見渡した。勿論、何気なく、だ。
――よし。大丈夫そう!
信号を渡ると、右へ曲がる。なぜだか急ぎ足になっている。まだここは生徒の大半が通る通学路だから、焦ってはいけない。
そう思うものの、身体が言うことを聞かない。勝手に動き出すのだ。
走り出したい気持ちを何とか堪え、小さな路地を曲がる。
すると、自転車に跨って空を見上げてる男子の背中が目に飛び込んできた。白いシャツが眩しい。
――い、いた! ホントにいた!
心臓の音がドクンドクンと大きくなり、胸が破裂しそうだ。
こんな展開はティーン向けの小説みたいで、本当に自分の身に起きていることだとは、今この瞬間ですら信じがたい。
しかも、相手が彼だというのがありえない度数を跳ね上げている気がする。
そう思った途端、何気なく彼が振り向いた。
目が合って、呼吸が止まる。彼が笑顔を見せたからだ。
「今日はのんびり歩いてきたんだ?」
清水くんは自転車から降りて、ひょいと私の鞄を奪い取った。すぐに荷台に乗せる。
――あ、今日は二人乗りはしないんだ。
少しホッとして、かなりがっかりした。自分でも気がつかないうちに、私は何かを期待していたらしい。
「……舞?」
「ひっ!」
突然名前を呼ばれて、驚愕のあまり変な声を出してしまった。
手で口を押さえて清水くんを見ると、怪訝な顔で見返される。
「もう学校じゃないし誰もいないんだから、そんなにビクビクしなくていいよ」
私はその言葉に素直に頷いた。でも、ビクビクしているのは誰かに見られると困るからではない。
ドキドキしながら思っていることを口にした。
「あの……私、こういうの初めてで……」
「こういうの?」
「うん」
「こういうのって、どういうこと?」
え? それを聞き返しますか?
困惑してうつむいた私の顔を覗きこむように清水くんが背を丸めた。
「えっと、その、つ、付き合う……とか」
「ああ」
清水くんはニッコリと笑い、自転車を押して歩き始めた。私も遅れないように慌てて歩き出す。
「それで?」
――だから、付き合うとか初めてだから困ってるって言ってるじゃない!
と言えるわけもなく、とぼとぼと下を向いて歩く。
「一緒に帰るのも嫌だってこと?」
少し悲しげなトーンの声が聞こえてきて、私は思わず清水くんを見上げた。
「そうじゃないんだけど……」
――あ、アレ!?
機嫌を損ねたのかと思ったら、彼は思いのほか機嫌の良さそうな顔で笑っていた。
「俺は学校の中でも普通に話したり、舞って呼んだり、付き合ってるって言いふらしても全然かまわないし」
「ダメ! それは困る」
私は焦って首をぶんぶん横に振った。そもそも話が違う。約束は守ってもらわないと困るのだ。
「学校の中では今までと同じようにただのクラスメイトとして『高橋』と呼ぶって約束したので、それを破ったら一緒に帰るのもやめる」
「マジ?」
清水くんの笑顔が少し引きつったような気がして、私はほくそ笑んだ。彼より優位な立場にいるというのは気分がいい。
「勿論マジです」
「でも別れるとか言わないよね」
急に彼の顔に凄みが加わった気がした。その目に吸い込まれるように見入ってしまった私の頭の中には「別れる」という言葉だけがぐるぐると回る。
好きだと自覚して間もなく清水くんも私のことを好きだと言ってくれたのは、奇跡としか言いようのない出来事だった。
だから正直なところ、それからの私は嬉しいを通り越してパニックに陥ったままでいる。
そんな私が付き合い始めて数日しか経っていないのに、別れることなんて考えているはずもない。
だが、考えてみれば付き合うということは、同時に別れるという結末がついて回るのだ。
そう思った瞬間、重量挙げのバーベルがドスンと落ちてきたような衝撃が胸の中に走った。
「……清水くんのほうこそ、そう考えてるんじゃない?」
激しく動揺する気持ちを宥めながら、ようやくそう言った。言いながらズキズキと胸が痛むが、皮肉を言うほうが気持ちが落ち着くのだ。
根っからのひねくれ者なんだよね、私。
ところが、清水くんは微笑を浮かべて、少しだけ首を傾げた。その姿に一瞬だけ心臓が跳ね上がる。
「全然。俺、こう見えても結構一途なところあるし、舞とは簡単に別れたくないし」
「どこら辺が一途?」
彼の言葉で顔がぼっと赤くなってしまったので、照れ隠しに揚げ足を取る。
「どこからどう見ても一途でしょ。ていうか、説明するようなことじゃないから」
確かにそうだ。私は自分の靴先を見て、それからふと疑問に思ったことを口にした。
「それで、これからどこに行こうとしてるの?」
隣でクスッと笑う声が聞こえたので、厳しい視線をぶつける。笑う意味がわからない。
訝しく思っていると、清水くんは笑いを噛み殺しながら言った。
「いいところ」
「……はぁ!?」
私は大声を上げて清水くんから横に一歩ずれる。そして改めて彼を非難の目で見た。
「え、舞は何を想像してるわけ?」
またクスッと笑われる。
――べ、別に、変なことを想像しているわけではないですが、彼の言い方が変なんです!
心の中で誰ともなしに言い訳する私……。
そこに彼の明るい声が聞こえてきた。
「Yデンキに行こうと思ってるんだけど」
「え? 何しに?」
「ケータイを見に」
「ああ……」
相槌を打つのに開いた口が徐々に笑いの形になり、同時に腹の底からふつふつと笑いがこみ上げてくる。
清水くんは開いた二人の距離を一気に詰めて、私の耳元で囁いた。
「期待外れだった?」
「何も期待してませんっ!」
私がキッと睨み返すと、彼はまた懸命に笑いを噛み殺している。本当にこの人は悪趣味だ。私をからかって何が楽しいんだろう。
「舞の家は厳しいほうなの?」
ようやく笑いをおさめた清水くんはそう聞いてきた。
「普通……だと思う」
「じゃあケータイはどうかな? ダメって言われそう?」
「わからない。今まで相談したこともないし、そういう話題が出たこともないし」
「そっか。でも電車で通学してたら持っていたほうが便利だよね。最近、公衆電話もほとんどないし」
そうなんです!
今やケータイを持っていない人のほうが少数派という時代。小中学生だって持っている時代なのだ。
「やっぱりケータイを持ったほうがいいのかな」
「そのほうが連絡取りやすいってだけで、別にどうしてもってわけじゃないんだけど、でもメールとかやっぱり便利……」
「メール」
私は思わず彼の言葉を遮った。メールという言葉で急に思い出したことがある。
「パソコンなら持ってる」
「ん? 自分の?」
「うん。高校生になったときに買ってもらった」
途端に清水くんの顔が輝いた。
「それを早く言ってよ! じゃあ、後で俺のメアド教えるから、メールちょうだい」
「なんで?」
反射的にそう答えていた。
「舞って本当に素直じゃないよね」
冷ややかな声が返ってくる。それは自分でもわかっているんだけど……。
「だって、何を書けばいいのかわからないもの」
「何でもいいじゃん。あ、そうだ。今読んでる本のことを教えてよ」
「毎日隣で見てるから知ってるでしょ」
「じゃあ、感想を」
「感想文、苦手」
「舞のケチ」
「…………」
まるで小学生の会話のようだと思いながら大きくため息をつくと、隣から「しようがない」という声がした。
「この際『あ』だけでもいいや。とにかくメールちょうだい」
「……まぁ、それなら……」
ここで妥協する自分もどうかと思いながら、チラッと隣を見上げると本当に嬉しそうな顔をした清水くんと目が合って、また顔が赤くなってしまう。
そんな会話をしていたらあっという間にYデンキに到着してしまった。
それが私の実感だ。
今、私は学校の玄関にいる。何気なく靴を履いて普通の顔で玄関を出る。
しばらく住宅地が続くのでとぼとぼと歩く。
この学校の悪いところは住宅地の外れにあることかもしれない。なぜなら生徒のほとんどがこの道を歩くから、今の私がこんな目に遭っているのだ。
でも、別に嫌々やっているわけじゃない。むしろ気持ちは空を飛べそうなくらいふわふわしている。
――ホント、飛んでいけたらいいのに。
いやいや、ダメだ。飛んだら目立ちすぎる。目立たないようにとぼとぼ歩いているのだ。勿論、私は普通の人間だから飛べるはずもないんだけど……。
そんなおバカなことを考えていると、ようやく片側三車線のやけに太い国道に出た。
私は周囲を見渡した。勿論、何気なく、だ。
――よし。大丈夫そう!
信号を渡ると、右へ曲がる。なぜだか急ぎ足になっている。まだここは生徒の大半が通る通学路だから、焦ってはいけない。
そう思うものの、身体が言うことを聞かない。勝手に動き出すのだ。
走り出したい気持ちを何とか堪え、小さな路地を曲がる。
すると、自転車に跨って空を見上げてる男子の背中が目に飛び込んできた。白いシャツが眩しい。
――い、いた! ホントにいた!
心臓の音がドクンドクンと大きくなり、胸が破裂しそうだ。
こんな展開はティーン向けの小説みたいで、本当に自分の身に起きていることだとは、今この瞬間ですら信じがたい。
しかも、相手が彼だというのがありえない度数を跳ね上げている気がする。
そう思った途端、何気なく彼が振り向いた。
目が合って、呼吸が止まる。彼が笑顔を見せたからだ。
「今日はのんびり歩いてきたんだ?」
清水くんは自転車から降りて、ひょいと私の鞄を奪い取った。すぐに荷台に乗せる。
――あ、今日は二人乗りはしないんだ。
少しホッとして、かなりがっかりした。自分でも気がつかないうちに、私は何かを期待していたらしい。
「……舞?」
「ひっ!」
突然名前を呼ばれて、驚愕のあまり変な声を出してしまった。
手で口を押さえて清水くんを見ると、怪訝な顔で見返される。
「もう学校じゃないし誰もいないんだから、そんなにビクビクしなくていいよ」
私はその言葉に素直に頷いた。でも、ビクビクしているのは誰かに見られると困るからではない。
ドキドキしながら思っていることを口にした。
「あの……私、こういうの初めてで……」
「こういうの?」
「うん」
「こういうのって、どういうこと?」
え? それを聞き返しますか?
困惑してうつむいた私の顔を覗きこむように清水くんが背を丸めた。
「えっと、その、つ、付き合う……とか」
「ああ」
清水くんはニッコリと笑い、自転車を押して歩き始めた。私も遅れないように慌てて歩き出す。
「それで?」
――だから、付き合うとか初めてだから困ってるって言ってるじゃない!
と言えるわけもなく、とぼとぼと下を向いて歩く。
「一緒に帰るのも嫌だってこと?」
少し悲しげなトーンの声が聞こえてきて、私は思わず清水くんを見上げた。
「そうじゃないんだけど……」
――あ、アレ!?
機嫌を損ねたのかと思ったら、彼は思いのほか機嫌の良さそうな顔で笑っていた。
「俺は学校の中でも普通に話したり、舞って呼んだり、付き合ってるって言いふらしても全然かまわないし」
「ダメ! それは困る」
私は焦って首をぶんぶん横に振った。そもそも話が違う。約束は守ってもらわないと困るのだ。
「学校の中では今までと同じようにただのクラスメイトとして『高橋』と呼ぶって約束したので、それを破ったら一緒に帰るのもやめる」
「マジ?」
清水くんの笑顔が少し引きつったような気がして、私はほくそ笑んだ。彼より優位な立場にいるというのは気分がいい。
「勿論マジです」
「でも別れるとか言わないよね」
急に彼の顔に凄みが加わった気がした。その目に吸い込まれるように見入ってしまった私の頭の中には「別れる」という言葉だけがぐるぐると回る。
好きだと自覚して間もなく清水くんも私のことを好きだと言ってくれたのは、奇跡としか言いようのない出来事だった。
だから正直なところ、それからの私は嬉しいを通り越してパニックに陥ったままでいる。
そんな私が付き合い始めて数日しか経っていないのに、別れることなんて考えているはずもない。
だが、考えてみれば付き合うということは、同時に別れるという結末がついて回るのだ。
そう思った瞬間、重量挙げのバーベルがドスンと落ちてきたような衝撃が胸の中に走った。
「……清水くんのほうこそ、そう考えてるんじゃない?」
激しく動揺する気持ちを宥めながら、ようやくそう言った。言いながらズキズキと胸が痛むが、皮肉を言うほうが気持ちが落ち着くのだ。
根っからのひねくれ者なんだよね、私。
ところが、清水くんは微笑を浮かべて、少しだけ首を傾げた。その姿に一瞬だけ心臓が跳ね上がる。
「全然。俺、こう見えても結構一途なところあるし、舞とは簡単に別れたくないし」
「どこら辺が一途?」
彼の言葉で顔がぼっと赤くなってしまったので、照れ隠しに揚げ足を取る。
「どこからどう見ても一途でしょ。ていうか、説明するようなことじゃないから」
確かにそうだ。私は自分の靴先を見て、それからふと疑問に思ったことを口にした。
「それで、これからどこに行こうとしてるの?」
隣でクスッと笑う声が聞こえたので、厳しい視線をぶつける。笑う意味がわからない。
訝しく思っていると、清水くんは笑いを噛み殺しながら言った。
「いいところ」
「……はぁ!?」
私は大声を上げて清水くんから横に一歩ずれる。そして改めて彼を非難の目で見た。
「え、舞は何を想像してるわけ?」
またクスッと笑われる。
――べ、別に、変なことを想像しているわけではないですが、彼の言い方が変なんです!
心の中で誰ともなしに言い訳する私……。
そこに彼の明るい声が聞こえてきた。
「Yデンキに行こうと思ってるんだけど」
「え? 何しに?」
「ケータイを見に」
「ああ……」
相槌を打つのに開いた口が徐々に笑いの形になり、同時に腹の底からふつふつと笑いがこみ上げてくる。
清水くんは開いた二人の距離を一気に詰めて、私の耳元で囁いた。
「期待外れだった?」
「何も期待してませんっ!」
私がキッと睨み返すと、彼はまた懸命に笑いを噛み殺している。本当にこの人は悪趣味だ。私をからかって何が楽しいんだろう。
「舞の家は厳しいほうなの?」
ようやく笑いをおさめた清水くんはそう聞いてきた。
「普通……だと思う」
「じゃあケータイはどうかな? ダメって言われそう?」
「わからない。今まで相談したこともないし、そういう話題が出たこともないし」
「そっか。でも電車で通学してたら持っていたほうが便利だよね。最近、公衆電話もほとんどないし」
そうなんです!
今やケータイを持っていない人のほうが少数派という時代。小中学生だって持っている時代なのだ。
「やっぱりケータイを持ったほうがいいのかな」
「そのほうが連絡取りやすいってだけで、別にどうしてもってわけじゃないんだけど、でもメールとかやっぱり便利……」
「メール」
私は思わず彼の言葉を遮った。メールという言葉で急に思い出したことがある。
「パソコンなら持ってる」
「ん? 自分の?」
「うん。高校生になったときに買ってもらった」
途端に清水くんの顔が輝いた。
「それを早く言ってよ! じゃあ、後で俺のメアド教えるから、メールちょうだい」
「なんで?」
反射的にそう答えていた。
「舞って本当に素直じゃないよね」
冷ややかな声が返ってくる。それは自分でもわかっているんだけど……。
「だって、何を書けばいいのかわからないもの」
「何でもいいじゃん。あ、そうだ。今読んでる本のことを教えてよ」
「毎日隣で見てるから知ってるでしょ」
「じゃあ、感想を」
「感想文、苦手」
「舞のケチ」
「…………」
まるで小学生の会話のようだと思いながら大きくため息をつくと、隣から「しようがない」という声がした。
「この際『あ』だけでもいいや。とにかくメールちょうだい」
「……まぁ、それなら……」
ここで妥協する自分もどうかと思いながら、チラッと隣を見上げると本当に嬉しそうな顔をした清水くんと目が合って、また顔が赤くなってしまう。
そんな会話をしていたらあっという間にYデンキに到着してしまった。