HAPPY CLOVER 2-ないしょの関係-
#07 嫌がらせなんかに負けません。(side舞)
実は結構動揺していたと思う。
そもそも、男子同士のケンカなんて滅多に起こるものではない。というか、入学以来初めて見た気がする。校内で、休み時間中に、流血事件!
そして田中くんからの報告によると、口から多量の血を流していた男子は前歯が一本折れていたらしい。勿論殴ったほうの拳も負傷。
これは校内で起きた事件なので先生たちの寛大な計らいにより謹慎等は免れたようだけど、相手を負傷させるようなケンカというのは下手をすると犯罪になるとか……。
どうしてそこまで見境なく攻撃的になれるのか、私には不思議でしようがない出来事だった。これは私が女性だからそう思うのだろうか。
しかも最後に私のロッカーを破壊していくという全く意味不明の行為で、私の気持ちは大いに乱れていた。
本当なら菅原くんや田中くんにもっとたくさん感謝の気持ちを伝えなければいけなかったのだと思う。仲がいい訳でもないただのクラスメイトのロッカーが壊されただけなのに、暴力男子に抗議してくれて、更にロッカーの扉も直そうとしてくれて、よく考えてみると彼らの善意はありがたいを通り越して、ありえない出来事だった。
そして菅原くんと清水くんが廊下で話す姿を茫然と見ていた私は、男子ってこんなに頼もしい存在だったのかと、大げさかもしれないが確かに感動していた。
同時に自分がとてもちっぽけで弱い生き物のような気がして、急に心細くなる。
今まで私はどんなことだって自分一人でやってのける、自分一人で生きていけると信じて実行してきたつもりだった。少なくともこの学園生活は一人でも大丈夫だったのだ、……今までは。
それにしても、これはまさに天災としか言いようがないな、と凹んだロッカーの扉を見て思った。
一体、どうやったらここまで凹ませることができるんだろう。ロッカーの扉もかなりぶ厚く並の力ではびくともしないはずだ。まさか上靴にスパイクがついているはずはないし。
本当に高校生ともなると、男子はあらゆる意味で私たち女子とは全く別の生き物だと実感する。
次の授業が始まったので小さくため息をついて教壇を見た。またテストが返却されるらしい。今度は日本史だ。返ってくる前から憂鬱だった。
昨日といい、今日といい、最近の毎日はそれまでの日常に比べるといろんな出来事がてんこ盛りで、正直なところ私はひどく疲れていた。
しかもテストの結果が案の定悪い。家に帰って両親に報告することを考えると気が遠くなりそうだ。怒った母親の様子が目に浮かぶ。
そして我が家では「なぜこんな点数を取ってしまったのか」検証会議が盛大に行われるのだ。間違った問題一つ一つを「どうしてこれがわからないの?」と尋問されると自信喪失、顔面蒼白、しまいに自暴自棄になること間違いなしだ。
――予備校か。行ってみたいような気もするけど。
母親はたぶん賛成してくれると思うが結局「パパに聞いてみなさい」と言われ、父親から「それで成果が上がるのか?」と問い詰められながらくどくどとお説教をいただく流れを想像すると、自然と大きなため息が出る。
――なんか、ウチって面倒なんだよね。
両親のことが嫌いなわけではない。ものすごく好きなんだけど、融通の利かないところが多いのだ。もう少し緩くてもいいんじゃないかと思う部分はたくさんある。
――友達付き合いを避けたくなるのは、あの二人の影響も多少あるかな。
外泊は絶対禁止だし、友達だけでの遠出も理由がしっかりしていないとダメ。あの風変わりな姉が高校生時代に数度トライしたがことごとく却下。姉のしょんぼりした顔が今でも忘れられない。
――清水くんと一緒に通うって知ったら……反対されるかな?
というか、付き合っていることを両親にはまだ報告していないけど、やっぱり言っておいたほうがいいのか、言わないほうがいいのか……。
悩みは尽きないが、先生から名前を呼ばれて仕方なくテストを受け取りに行った。日本史は今回のテストの中で割と手応えのあった科目だ。
席に戻るとまた隣のヤツが話しかけてくる。
「どう……だった?」
気を遣われるとますます傷ついた気分になるのはなぜなんだろう。でも先ほどのあんな場面を見せられてしまっては突っ撥ねることもできない。
「さっきよりはマシな点数です」
実際、現代文が酷すぎた。この教科で60点台というのは自己最低点だった。日本史はかろうじて70点台をキープしたので、まだ気持ちにゆとりがある。
「そっか。よかった」
何気なく隣を見ると、ニッコリと笑う清水くんと目が合ってドキッとした。廊下で私のロッカーの扉を直してくれた姿が頭をよぎる。
思えば彼にもまだ「ありがとう」と言っていない気がする。菅原くんや田中くんには無理でも、せめて清水くんにはちゃんとお礼を言っておきたいと思った。
「あの、さっきはありがとう」
隣の清水くんはニコニコしたまま小さく頷く。
「どういたしまして。でもあれくらい当たり前だけど」
「当たり前?」
どうして当たり前なのかよくわからず、私は一瞬怪訝な顔をした。すると清水くんが自分のシャープペンシルを手に取って、私の日本史のノートを自分の机の上に引き寄せる。
――舞の悲しむ顔は見たくないから。
さらさらとシャープペンシルが紙の上を走り、綺麗な文字でその言葉は綴られていた。
私は戻ってきた自分のノートを黙って見つめる。何か言いたいけど胸がいっぱいで言葉にならない。
ずっとその愛しい文字を見ていたいと思っていると、ノートがまたズズッと隣の机の上に移動した。
――さっき私語で怒られたから、授業中に話しかけるのは自粛する。
――その代わり、たまにノートにいたずら書きするけどいい?
見た途端、思わず笑みがこぼれてしまい、それを隠すように慌ててうつむく。
少し考えてから彼の綺麗な文字の下に返事を書き込んだ。
――勉強の邪魔にならない程度なら。
それを隣から盗み見た清水くんは頬杖をついてクスッと笑うと、囁くような声で言った。
「ラジャー」
私はまた笑いを噛み殺すのにひどく苦労するが、彼の優しさが嬉しくて、テストの点数が悪いことなどすっかり忘れて、幸せに胸を熱くしていた。
その日、帰宅した私は戻ってきたテストを無言で母親の前に並べた。
答案用紙を見る母の顔色がどんどん青ざめていく。
「舞。一体どうしたのよ?」
「これが私の実力なのかも」
母親は険しい顔で私と答案用紙をしきりに見比べた。
「そんなわけないわ。舞は努力家だもの。今回の点数は頑張ってもこれだったって言うなら仕方ない。でも……」
「ママ、私ね、夏休み中予備校に通ってみたいと思うんだけど」
母親の言葉を遮って、思い切って言ってみた。母は眉間の皺を消し、今度は私の顔を穴が開くほど見つめてくる。
「そうね。今まで塾にも行ったことがなかったし、いい経験かもね」
「あと、もう一つお願いがあるの」
私は慌てて付け足した。このタイミングを逃すと言い出しにくくなりそうな気がする。
「なに?」
「ケータイがほしい。……ダメかな?」
「ケータイ……」
母はしばらく複雑な表情で考え込んでいたが、大きく息を吐くと意を決したように言った。
「舞にもそろそろ必要かなと思っていたけど、ママの一存では決めかねるわ。舞からパパに言ってみなさい」
――やっぱり……。
思った通りの返事だった。仕方なく頷いて部屋に上がる。
すぐにノートパソコンの電源ボタンを押すあたり、私は重症だ。でもパソコンのメールじゃもどかしくてもう我慢できない。
彼の姿が見えている間はこんなに不安な気持ちにはならないのに、離れていると心がキリキリと痛み、磨り減っていくような感覚に陥ってしまう。
人を好きになるって、意外と重労働だと思う。特に心がしんどい。
でもやめられない気持ちもわかる。好きな人から愛される。これほど幸せなことが他にあるだろうか。
――そのためなら私は何だってできる。何だって耐えられる。
昂った気持ちのまま、根拠もないのにそんなことを考えたりした。
そもそも、男子同士のケンカなんて滅多に起こるものではない。というか、入学以来初めて見た気がする。校内で、休み時間中に、流血事件!
そして田中くんからの報告によると、口から多量の血を流していた男子は前歯が一本折れていたらしい。勿論殴ったほうの拳も負傷。
これは校内で起きた事件なので先生たちの寛大な計らいにより謹慎等は免れたようだけど、相手を負傷させるようなケンカというのは下手をすると犯罪になるとか……。
どうしてそこまで見境なく攻撃的になれるのか、私には不思議でしようがない出来事だった。これは私が女性だからそう思うのだろうか。
しかも最後に私のロッカーを破壊していくという全く意味不明の行為で、私の気持ちは大いに乱れていた。
本当なら菅原くんや田中くんにもっとたくさん感謝の気持ちを伝えなければいけなかったのだと思う。仲がいい訳でもないただのクラスメイトのロッカーが壊されただけなのに、暴力男子に抗議してくれて、更にロッカーの扉も直そうとしてくれて、よく考えてみると彼らの善意はありがたいを通り越して、ありえない出来事だった。
そして菅原くんと清水くんが廊下で話す姿を茫然と見ていた私は、男子ってこんなに頼もしい存在だったのかと、大げさかもしれないが確かに感動していた。
同時に自分がとてもちっぽけで弱い生き物のような気がして、急に心細くなる。
今まで私はどんなことだって自分一人でやってのける、自分一人で生きていけると信じて実行してきたつもりだった。少なくともこの学園生活は一人でも大丈夫だったのだ、……今までは。
それにしても、これはまさに天災としか言いようがないな、と凹んだロッカーの扉を見て思った。
一体、どうやったらここまで凹ませることができるんだろう。ロッカーの扉もかなりぶ厚く並の力ではびくともしないはずだ。まさか上靴にスパイクがついているはずはないし。
本当に高校生ともなると、男子はあらゆる意味で私たち女子とは全く別の生き物だと実感する。
次の授業が始まったので小さくため息をついて教壇を見た。またテストが返却されるらしい。今度は日本史だ。返ってくる前から憂鬱だった。
昨日といい、今日といい、最近の毎日はそれまでの日常に比べるといろんな出来事がてんこ盛りで、正直なところ私はひどく疲れていた。
しかもテストの結果が案の定悪い。家に帰って両親に報告することを考えると気が遠くなりそうだ。怒った母親の様子が目に浮かぶ。
そして我が家では「なぜこんな点数を取ってしまったのか」検証会議が盛大に行われるのだ。間違った問題一つ一つを「どうしてこれがわからないの?」と尋問されると自信喪失、顔面蒼白、しまいに自暴自棄になること間違いなしだ。
――予備校か。行ってみたいような気もするけど。
母親はたぶん賛成してくれると思うが結局「パパに聞いてみなさい」と言われ、父親から「それで成果が上がるのか?」と問い詰められながらくどくどとお説教をいただく流れを想像すると、自然と大きなため息が出る。
――なんか、ウチって面倒なんだよね。
両親のことが嫌いなわけではない。ものすごく好きなんだけど、融通の利かないところが多いのだ。もう少し緩くてもいいんじゃないかと思う部分はたくさんある。
――友達付き合いを避けたくなるのは、あの二人の影響も多少あるかな。
外泊は絶対禁止だし、友達だけでの遠出も理由がしっかりしていないとダメ。あの風変わりな姉が高校生時代に数度トライしたがことごとく却下。姉のしょんぼりした顔が今でも忘れられない。
――清水くんと一緒に通うって知ったら……反対されるかな?
というか、付き合っていることを両親にはまだ報告していないけど、やっぱり言っておいたほうがいいのか、言わないほうがいいのか……。
悩みは尽きないが、先生から名前を呼ばれて仕方なくテストを受け取りに行った。日本史は今回のテストの中で割と手応えのあった科目だ。
席に戻るとまた隣のヤツが話しかけてくる。
「どう……だった?」
気を遣われるとますます傷ついた気分になるのはなぜなんだろう。でも先ほどのあんな場面を見せられてしまっては突っ撥ねることもできない。
「さっきよりはマシな点数です」
実際、現代文が酷すぎた。この教科で60点台というのは自己最低点だった。日本史はかろうじて70点台をキープしたので、まだ気持ちにゆとりがある。
「そっか。よかった」
何気なく隣を見ると、ニッコリと笑う清水くんと目が合ってドキッとした。廊下で私のロッカーの扉を直してくれた姿が頭をよぎる。
思えば彼にもまだ「ありがとう」と言っていない気がする。菅原くんや田中くんには無理でも、せめて清水くんにはちゃんとお礼を言っておきたいと思った。
「あの、さっきはありがとう」
隣の清水くんはニコニコしたまま小さく頷く。
「どういたしまして。でもあれくらい当たり前だけど」
「当たり前?」
どうして当たり前なのかよくわからず、私は一瞬怪訝な顔をした。すると清水くんが自分のシャープペンシルを手に取って、私の日本史のノートを自分の机の上に引き寄せる。
――舞の悲しむ顔は見たくないから。
さらさらとシャープペンシルが紙の上を走り、綺麗な文字でその言葉は綴られていた。
私は戻ってきた自分のノートを黙って見つめる。何か言いたいけど胸がいっぱいで言葉にならない。
ずっとその愛しい文字を見ていたいと思っていると、ノートがまたズズッと隣の机の上に移動した。
――さっき私語で怒られたから、授業中に話しかけるのは自粛する。
――その代わり、たまにノートにいたずら書きするけどいい?
見た途端、思わず笑みがこぼれてしまい、それを隠すように慌ててうつむく。
少し考えてから彼の綺麗な文字の下に返事を書き込んだ。
――勉強の邪魔にならない程度なら。
それを隣から盗み見た清水くんは頬杖をついてクスッと笑うと、囁くような声で言った。
「ラジャー」
私はまた笑いを噛み殺すのにひどく苦労するが、彼の優しさが嬉しくて、テストの点数が悪いことなどすっかり忘れて、幸せに胸を熱くしていた。
その日、帰宅した私は戻ってきたテストを無言で母親の前に並べた。
答案用紙を見る母の顔色がどんどん青ざめていく。
「舞。一体どうしたのよ?」
「これが私の実力なのかも」
母親は険しい顔で私と答案用紙をしきりに見比べた。
「そんなわけないわ。舞は努力家だもの。今回の点数は頑張ってもこれだったって言うなら仕方ない。でも……」
「ママ、私ね、夏休み中予備校に通ってみたいと思うんだけど」
母親の言葉を遮って、思い切って言ってみた。母は眉間の皺を消し、今度は私の顔を穴が開くほど見つめてくる。
「そうね。今まで塾にも行ったことがなかったし、いい経験かもね」
「あと、もう一つお願いがあるの」
私は慌てて付け足した。このタイミングを逃すと言い出しにくくなりそうな気がする。
「なに?」
「ケータイがほしい。……ダメかな?」
「ケータイ……」
母はしばらく複雑な表情で考え込んでいたが、大きく息を吐くと意を決したように言った。
「舞にもそろそろ必要かなと思っていたけど、ママの一存では決めかねるわ。舞からパパに言ってみなさい」
――やっぱり……。
思った通りの返事だった。仕方なく頷いて部屋に上がる。
すぐにノートパソコンの電源ボタンを押すあたり、私は重症だ。でもパソコンのメールじゃもどかしくてもう我慢できない。
彼の姿が見えている間はこんなに不安な気持ちにはならないのに、離れていると心がキリキリと痛み、磨り減っていくような感覚に陥ってしまう。
人を好きになるって、意外と重労働だと思う。特に心がしんどい。
でもやめられない気持ちもわかる。好きな人から愛される。これほど幸せなことが他にあるだろうか。
――そのためなら私は何だってできる。何だって耐えられる。
昂った気持ちのまま、根拠もないのにそんなことを考えたりした。