HAPPY CLOVER 2-ないしょの関係-
小声でそう言って舞は困ったように口を尖らせた。今度はアヒルのような口だ。これはちょっとかわいい……っと、舞の百面相を楽しんでいる場合じゃない。
何気なく振り返ってみると、俺の背後には貫禄のある女性が腰に手を当てて仁王立ちでこちらに睨みをきかせていた。
――うわ、これマジギレしてるよ。
「次、清水だぞ」
沖野から声を掛けられて、俺は立ち上がる。舞がアヒル口のまま見上げてきたので、ポンポンと頭を撫でておいた。
隣のおば様が怒るのも仕方ない。何しろ菅原・西のチームは常に意味もなく騒がしいし、こっちのチームはこっちのチームで、沖野は性格上ボールを持ったらすぐに投球しないと気が済まないらしく、右隣優先のマナーなど無視してズカズカとアプローチに上がっていた。
こんなうるさいガキどもが隣にいたら、真面目に練習している人がペースを乱されて怒るのは当然だと思う。
でも、今日は日曜日だ。俺たちの他にも高校生や大学生らの若者やファミリーなど多様なグループが気軽にボウリングを楽しんでいる。こんな日に若者の行動に関していちいち目くじらを立てていたらキリがない。
そんなことを考えていたせいか、一投目はピンが残ってしまった。やはり雑念があるとよくない。気持ちを切り替えて二投目はしっかりとスペアを取る。
ガッツポーズを作りながら席に戻ると、舞が右の手首をぶらぶらさせながらため息をついていた。
「手が痛い?」
「うん。変なところに力が入ってるみたいで……」
「ああ、コースを狙うと変に力んで手首痛めるよ。真っ直ぐ振り子のようにボールを送り出してみなよ」
「はい」
いつも思うが舞は素直な生徒だ。こうしてアドバイスをすんなりと受け入れてもらえると気持ちがいいし、もっといいところを伸ばしてあげたいと思う。
舞がボールを持ってアプローチに立つと、西は少し離れた場所から冷ややかな視線を舞に送った。
――しかし、西はなぜ舞を目の敵にするんだ?
今日も見事に外跳ねしている西の髪の毛を眺めて思う。英理子や高梨からの助言によると、西は俺に気があるらしいが、俺自身そういう気配は全然感じない。
だからこそ厄介だ。現状だと単に西が舞のことをいじめているようにしか見えない。
舞が俺とのことを隠していたい気持ちもわかるが、そうなるといつまでも俺が西の陰湿なやり方に口出しできなくなってしまう。そういうのはもう嫌だ。特に相手が舞だからこそ、俺はこのまま黙っていたくない。自分の手で舞を護りたいと思う。
そんな決意を秘めて舞を見る俺の目に、いきなり衝撃的な映像が飛び込んできた。
助走に入った舞は、俺のアドバイスどおりにボールを振り子のように勢いよく後ろへ振り上げた。なかなかいいフォームだ、と思った瞬間――
ゴン! ……ゴロゴロゴロ……。
前方のレーンを転がるはずのボールが、右斜め後方で仁王立ち中のおば様の座席のほうへすっ飛んでいった。
途端に耳を覆いたくなるような怒号が響き渡る。
「ちょっと何やってんのよ!? 危ないじゃない! どういうつもり!?」
「ごめんなさい」
顔をこわばらせた舞がその場ですぐに頭を下げる。だが、おば様の怒りはここぞとばかりに炸裂した。
「アンタたち、さっきから見てればマナー悪すぎる。高校生でしょ? どこの学校の生徒? 一体どういう教育されてるの。他人に迷惑をかけないって当たり前のこともできないわけ?」
「本当にごめんなさい」
舞が小さくなってボールを拾いながら更に謝った。唾を飛ばしながら激しい口調で抗議するおば様の前に、身を低くしながらも進んでいける舞の勇気には感動する。
「私が怒っているのはアンタだけじゃない。アンタたち全員やかましいし、私が投げようとしているのも確認せず投球するし、さんざん迷惑掛けておきながら少しもすまなさそうな態度はしないし、黙っていればどんどんエスカレートして、もう我慢できないわ! 周りをよく見てご覧なさい! ここはアンタたちだけがボウリングをしているわけじゃないんだから」
腰に手を当てたまま息もつかずにまくし立てたおば様が、フンと鼻息荒く言葉を区切った頃合いを見計らって、俺は立ち上がった。