一夜一緒にいれば、奪えるのに
一夜一緒にいれば、必ず奪える
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枕にちゃんと頭を置かれ、目の前でティシャツを脱ぎ始める野瀬を見つめながら、ここが隆夫の部屋であることを完全に忘れていた。
ただ、その見事な肢体だけが、間接照明で薄く照らされており、こんなにまで美しく完璧な野瀬が実は最初から自分のことを少し好きだったのではないか、という妄想に囚われはじめていた。
野瀬は何も言わず、私の服を脱がしにかかる。
「ドキドキしてる? 身体が、震えてる」
自分でも息遣いが荒いことは分かっていたが、直接そう言われると、恥かしくて、咄嗟に首元を手で隠した。
「安心して。優しいから」
ズボンを脱がす手がそう言ってくる。
だがそれよりも、目を見つめ合いたいと思った。
身体の快楽よりも、抱きしめて「彼女と別れる」と先に宣言してほしかった。
まさか二股をかけるつもりはないだろうが、このまましてしまって、後で冷たい態度をとられて終わるかもしれないという不安も少なからずあった。
ぼんやりと野瀬を見つめる。
服をゆっくりと脱がし終えると、下着姿になり、さあ、これから始めようかというところに。
物音が聞こえた。
驚きのあまり、飛び起きる私。
「えっ……!?」
音は明らかに玄関のドアが開き、トントンと室内を歩いている。
「かっ、帰って来た!?」
私の慌てようのわりに、全く平常心の野瀬だった。
先輩のベッドを使っているということに罪悪感を感じているわけではなさそうで、ただドアの方を見ていた。
「ちょっと借りてます」
それだけ言ってそのまま続きをしようと思っているのかもしれない。
私は野瀬の隣でただ静かにシーツをつかんで、潜んでドアを見つめた。
すぐにドアが開く。
「……ほんとに裸になっちゃって」
メガネをかけている隆夫がどんな顔をしているのか反射でよくは分からないが、なんと平常心でからかう余裕を見せた。
というか、そもそも私がこのために作戦を、と言い出したのだから、予定通りともいえる。
停止する2人をよそに、ベストを脱ぎ始める隆夫。
着替えに帰ってきたのか……というか、悪趣味なこの人のことだから、確認して、また帰っていくんだろうなと内心小さく溜息をつきながら、そのティシャツまで脱いでしまう行動の一部始終を何とも思わず見ていた。
「きゃあ!!!」
悪ふざけが過ぎている!!
隆夫はベッドに乗りかかり、身体に触れて来た。
シーツを纏ってはいるが、布から出ていた肩に手が触れる。
「野瀬、もーいーよ」
え……。
無言で、既にベッドから降りている野瀬。
「忘れずに持ってけよ、金」
野瀬は何も言わずに、ティシャツを片手に本当に部屋から出て行ってしまう。
隆夫はというと、強引に私を押し倒し、馬乗りになって、両手を枕の下から出してきたネクタイで縛り上げた。
「ちょっ!! 離して!!!」
わけが分からず、ただ身体を大きく捩じる。
「一回お前とやりたかったんだよ」
なっ………………!?
見下ろしてくるその目は本気以外の何者でもない。
「いいだろ? 野瀬といいとこまで行けたんだから、最後が俺でも」
意味分かんない!!
言おうとしたが、分厚い唇で唇を覆われ、反論できなくなる。
「いとこ」ということを思い出し、突然気持ち悪くなる。
「やめて!!!」
「お前、アパート引き払ってうち来いよ」
言いながら、右手を私の背中の奥にまわし、ブラジャーのホックを外す。
「やめて!!!」
途端に胸がふわっと軽くなり、更に声を上げた。
「やめ……!!!」
「近所迷惑」
口を手で押さえると、
「イカせてやっから。な? 野瀬より俺の方がいいぜ……」
言いながら、胸の突起を指ですりつぶしてくる。
冗談ではないことを身体で感じた。
ただ涙が出てくる。
何で……隆夫がこんなこと……。
「はーい、うつ伏せになって」
強い力でごろんと、身体を動かさせる。身体はあっという間に半回転した。
「これでよし」
何が良しなのか、私は両手を縛られたまま頭の上にやり、枕の中に顔を突っ込んで身動きがとれないまま、背中に自分の身体を擦り付けて来る隆夫の体温を感じていた。
力んで抵抗していた分、腕に力が入らず、無意識に歯も食いしばっていたようで、口の中もだるい。
「…………嫌……」
私は小さな声で、抗った。
「そう言うなよ、な? 俺だって縛りたいわけじゃないんだよ。まあちょっと燃えるけど。
野瀬を好きなお前を無理強いしたくてしてるわけじゃないよ。
まあ、したいからしてるんだろうけど」
「無理矢理するのが好きなら他でしてよ!! 最ッ低!!!」
「まあまあ」
隆夫は上に乗っている余裕からか、笑い声を出す。
「悪いなあ……」
隆夫は背中をツーっと舌で舐めながら説明し始める。
「野瀬が700万ならいいってゆーから」
「えっ……何!?」
まさか、あの700万…………。
「新居の金にしたいんだと。マンションの頭金にでもするんじゃねーかな」
何……何……意味分かんない……。
「お前が仕事辞めたいほど野瀬のこと好きだって本人に言ったらさ。まあ700万なら夢見させてやってもいいって言ってくれたんだよ。お前の退職の後処理やら何やらも含めてしてくれるっていうし。
金出したの俺なんだぜ? あいつ、この前俺が株で当てたの知ってるから、手加減しねーや」
「何、全然意味分かんない……」
「え、分かんない?」
唾液まみれの舌で背中を吸われた。そこに隆夫の唾液がついていると思うだけで拭きとりたい衝動にかられる。
「だから野瀬が今何言ったか知らないけど、あれぜーんぶ嘘。
用は俺がこうしたいために嘘ついてくれたんだよ。お前が好きになるの分かるよ。いい奴だろ?
そんでもって、その夢見させるために700万払った俺も、いい奴だろ?」
隆夫は自分で言って自分で満足したのか、ふふんと笑う。
「…………」
え、ほんとに……どういう……。
「お前が仕事辞めるっていうからさ、ということは、働き口に困るじゃん? なら俺が雇えばいい。ということは、兼愛人にもなればいいな、というわけだ。いや、愛人というか、恋人というかな。
けどまあ、結婚はできないし、だからその点では愛人という方がしっくりくる気がする。
一緒に住めば俺も楽だし。お前もこのまま結婚相手探すよりも、俺で手打っといた方がいいだろ?
親もとりあえず俺んとこで働いてるって知ったら悪い顔しないよ。
あ、孫ができないって困るな。
そうだなあ…………」
寒気がした。
鳥肌が立つ。
隆夫は腰を揺らし始めた。
息が、荒くなってきているのが分かる。
やめてと言いたかったが、隆夫に対する失望の念があまり大きく、今は抵抗する気にもなれなかった。
それを見て、観念したと思ったのか隆夫は、耳を撫でてくる。
今しがたまで、野瀬に触れられていた所を上塗りされているようで、自分がけがれていくような気がした。
「お前が本気なら、俺は結婚してもいい。できるしな」
何のこと……何のことなの!?
「俺はお前のこと、ずっと俺の者にしたかったんだよ。
分かるだろ?」
そんなまさか……野瀬を奪わせてやると提案しきた隆夫が、まさか自分のためにこの作戦を立てていただなんて……。
この数年間慕ってきた隆夫が、そんな風に自分のことを見ていただなんて……。あまりにもショックは大きく、手が自由にならない分、早くも投げやりな気持ちになる。
「一夜あれば必ず、奪えると確信してたんだよ。お前と同じで」
隆夫は私の最後の下着をとりはじめる。
目に涙が滲んだ。
私は野瀬との甘い時間だけを手に入れ、隆夫は私の身体だけを手に入れ、野瀬は700万だけを手に入れた。
一夜で奪えた物達。
しかしそれは、各々が欲しいと望んで仕方のなかった物達かもしれなかった。
枕にちゃんと頭を置かれ、目の前でティシャツを脱ぎ始める野瀬を見つめながら、ここが隆夫の部屋であることを完全に忘れていた。
ただ、その見事な肢体だけが、間接照明で薄く照らされており、こんなにまで美しく完璧な野瀬が実は最初から自分のことを少し好きだったのではないか、という妄想に囚われはじめていた。
野瀬は何も言わず、私の服を脱がしにかかる。
「ドキドキしてる? 身体が、震えてる」
自分でも息遣いが荒いことは分かっていたが、直接そう言われると、恥かしくて、咄嗟に首元を手で隠した。
「安心して。優しいから」
ズボンを脱がす手がそう言ってくる。
だがそれよりも、目を見つめ合いたいと思った。
身体の快楽よりも、抱きしめて「彼女と別れる」と先に宣言してほしかった。
まさか二股をかけるつもりはないだろうが、このまましてしまって、後で冷たい態度をとられて終わるかもしれないという不安も少なからずあった。
ぼんやりと野瀬を見つめる。
服をゆっくりと脱がし終えると、下着姿になり、さあ、これから始めようかというところに。
物音が聞こえた。
驚きのあまり、飛び起きる私。
「えっ……!?」
音は明らかに玄関のドアが開き、トントンと室内を歩いている。
「かっ、帰って来た!?」
私の慌てようのわりに、全く平常心の野瀬だった。
先輩のベッドを使っているということに罪悪感を感じているわけではなさそうで、ただドアの方を見ていた。
「ちょっと借りてます」
それだけ言ってそのまま続きをしようと思っているのかもしれない。
私は野瀬の隣でただ静かにシーツをつかんで、潜んでドアを見つめた。
すぐにドアが開く。
「……ほんとに裸になっちゃって」
メガネをかけている隆夫がどんな顔をしているのか反射でよくは分からないが、なんと平常心でからかう余裕を見せた。
というか、そもそも私がこのために作戦を、と言い出したのだから、予定通りともいえる。
停止する2人をよそに、ベストを脱ぎ始める隆夫。
着替えに帰ってきたのか……というか、悪趣味なこの人のことだから、確認して、また帰っていくんだろうなと内心小さく溜息をつきながら、そのティシャツまで脱いでしまう行動の一部始終を何とも思わず見ていた。
「きゃあ!!!」
悪ふざけが過ぎている!!
隆夫はベッドに乗りかかり、身体に触れて来た。
シーツを纏ってはいるが、布から出ていた肩に手が触れる。
「野瀬、もーいーよ」
え……。
無言で、既にベッドから降りている野瀬。
「忘れずに持ってけよ、金」
野瀬は何も言わずに、ティシャツを片手に本当に部屋から出て行ってしまう。
隆夫はというと、強引に私を押し倒し、馬乗りになって、両手を枕の下から出してきたネクタイで縛り上げた。
「ちょっ!! 離して!!!」
わけが分からず、ただ身体を大きく捩じる。
「一回お前とやりたかったんだよ」
なっ………………!?
見下ろしてくるその目は本気以外の何者でもない。
「いいだろ? 野瀬といいとこまで行けたんだから、最後が俺でも」
意味分かんない!!
言おうとしたが、分厚い唇で唇を覆われ、反論できなくなる。
「いとこ」ということを思い出し、突然気持ち悪くなる。
「やめて!!!」
「お前、アパート引き払ってうち来いよ」
言いながら、右手を私の背中の奥にまわし、ブラジャーのホックを外す。
「やめて!!!」
途端に胸がふわっと軽くなり、更に声を上げた。
「やめ……!!!」
「近所迷惑」
口を手で押さえると、
「イカせてやっから。な? 野瀬より俺の方がいいぜ……」
言いながら、胸の突起を指ですりつぶしてくる。
冗談ではないことを身体で感じた。
ただ涙が出てくる。
何で……隆夫がこんなこと……。
「はーい、うつ伏せになって」
強い力でごろんと、身体を動かさせる。身体はあっという間に半回転した。
「これでよし」
何が良しなのか、私は両手を縛られたまま頭の上にやり、枕の中に顔を突っ込んで身動きがとれないまま、背中に自分の身体を擦り付けて来る隆夫の体温を感じていた。
力んで抵抗していた分、腕に力が入らず、無意識に歯も食いしばっていたようで、口の中もだるい。
「…………嫌……」
私は小さな声で、抗った。
「そう言うなよ、な? 俺だって縛りたいわけじゃないんだよ。まあちょっと燃えるけど。
野瀬を好きなお前を無理強いしたくてしてるわけじゃないよ。
まあ、したいからしてるんだろうけど」
「無理矢理するのが好きなら他でしてよ!! 最ッ低!!!」
「まあまあ」
隆夫は上に乗っている余裕からか、笑い声を出す。
「悪いなあ……」
隆夫は背中をツーっと舌で舐めながら説明し始める。
「野瀬が700万ならいいってゆーから」
「えっ……何!?」
まさか、あの700万…………。
「新居の金にしたいんだと。マンションの頭金にでもするんじゃねーかな」
何……何……意味分かんない……。
「お前が仕事辞めたいほど野瀬のこと好きだって本人に言ったらさ。まあ700万なら夢見させてやってもいいって言ってくれたんだよ。お前の退職の後処理やら何やらも含めてしてくれるっていうし。
金出したの俺なんだぜ? あいつ、この前俺が株で当てたの知ってるから、手加減しねーや」
「何、全然意味分かんない……」
「え、分かんない?」
唾液まみれの舌で背中を吸われた。そこに隆夫の唾液がついていると思うだけで拭きとりたい衝動にかられる。
「だから野瀬が今何言ったか知らないけど、あれぜーんぶ嘘。
用は俺がこうしたいために嘘ついてくれたんだよ。お前が好きになるの分かるよ。いい奴だろ?
そんでもって、その夢見させるために700万払った俺も、いい奴だろ?」
隆夫は自分で言って自分で満足したのか、ふふんと笑う。
「…………」
え、ほんとに……どういう……。
「お前が仕事辞めるっていうからさ、ということは、働き口に困るじゃん? なら俺が雇えばいい。ということは、兼愛人にもなればいいな、というわけだ。いや、愛人というか、恋人というかな。
けどまあ、結婚はできないし、だからその点では愛人という方がしっくりくる気がする。
一緒に住めば俺も楽だし。お前もこのまま結婚相手探すよりも、俺で手打っといた方がいいだろ?
親もとりあえず俺んとこで働いてるって知ったら悪い顔しないよ。
あ、孫ができないって困るな。
そうだなあ…………」
寒気がした。
鳥肌が立つ。
隆夫は腰を揺らし始めた。
息が、荒くなってきているのが分かる。
やめてと言いたかったが、隆夫に対する失望の念があまり大きく、今は抵抗する気にもなれなかった。
それを見て、観念したと思ったのか隆夫は、耳を撫でてくる。
今しがたまで、野瀬に触れられていた所を上塗りされているようで、自分がけがれていくような気がした。
「お前が本気なら、俺は結婚してもいい。できるしな」
何のこと……何のことなの!?
「俺はお前のこと、ずっと俺の者にしたかったんだよ。
分かるだろ?」
そんなまさか……野瀬を奪わせてやると提案しきた隆夫が、まさか自分のためにこの作戦を立てていただなんて……。
この数年間慕ってきた隆夫が、そんな風に自分のことを見ていただなんて……。あまりにもショックは大きく、手が自由にならない分、早くも投げやりな気持ちになる。
「一夜あれば必ず、奪えると確信してたんだよ。お前と同じで」
隆夫は私の最後の下着をとりはじめる。
目に涙が滲んだ。
私は野瀬との甘い時間だけを手に入れ、隆夫は私の身体だけを手に入れ、野瀬は700万だけを手に入れた。
一夜で奪えた物達。
しかしそれは、各々が欲しいと望んで仕方のなかった物達かもしれなかった。