赤い月 弍

「景時。」


囁くような優しい声を、バイクに向かって歩き出した景時は背中で聞いた。

思わず足を止める。
だが、振り向かない。


「今、まだ鬼ではない小鞠を…
救えるやも知れぬあの者を斬れば、そなたのあまりにも優しく脆い心は壊れるだろう。
妾はそれを見とうない。」


(誰に言ってンの?)


胸を締めつける優しい声は、あの日、暮れゆく空と暗い部屋の中で聞いた声。
消えそうなほど儚く笑って、『そなた』と囁いたうさぎの声。

だから… 振り向けない。


「妾は、大切に思う者を手に掛けねばならぬ痛みを知っておる。
そなたに、そのような思いをさせとうはない。」


オニを追わなくちゃ。
追って、狩らなくちゃ。
今すぐこの場を立ち去って…


(…俺、まじヘタレ。)

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