夜籠もりの下弦は恋を知る
ついこの前、重盛の三男、清経が「平家に未来はあらず」と言って船の上から海中に身投げした。
助けることはできず、自殺した彼を皆、嘆き悲しんだ。
「私は、死にませぬ。…あの時、気づかされました」
輔子は激しい雨の中の、重衡の背の温もりを思い出した。
「貴方様を残して、先に逝くなどできませぬ」
夫の手をそっと取り、彼女は祈るように目を閉じた。
「重衡様より先には、決して死にませぬ」
「輔子…貴女はどこまでも私に甘いのですね」
「はい。お慕いしておりますから…重衡様を」
柔らかい微笑。
妻の久々の笑顔に、重衡も頬が緩んだ。
「輔子…真に、貴女が私の妻で良かった…」
優しい口づけを一つ。
「私も貴女が愛おしい…」
これが二人の最後の安らかな時間だった。
墨で染めたように暗い夜空には、下弦の月だけが淡く輝いていた。