夜籠もりの下弦は恋を知る

ついこの前、重盛の三男、清経が「平家に未来はあらず」と言って船の上から海中に身投げした。

助けることはできず、自殺した彼を皆、嘆き悲しんだ。


「私は、死にませぬ。…あの時、気づかされました」

輔子は激しい雨の中の、重衡の背の温もりを思い出した。

「貴方様を残して、先に逝くなどできませぬ」

夫の手をそっと取り、彼女は祈るように目を閉じた。

「重衡様より先には、決して死にませぬ」

「輔子…貴女はどこまでも私に甘いのですね」

「はい。お慕いしておりますから…重衡様を」

柔らかい微笑。

妻の久々の笑顔に、重衡も頬が緩んだ。

「輔子…真に、貴女が私の妻で良かった…」


優しい口づけを一つ。


「私も貴女が愛おしい…」





これが二人の最後の安らかな時間だった。


墨で染めたように暗い夜空には、下弦の月だけが淡く輝いていた。













< 144 / 173 >

この作品をシェア

pagetop