夜籠もりの下弦は恋を知る
(これは…夢でしょうか…?現(ウツツ)でしょうか…?)
彼が、ここにいる。
「さあ、こちらへお入り下さい」
輔子はこぼれ落ちそうになる涙を堪え、優しい声で重衡を手招いた。
重衡は素直に従った。
そして、音もなく涙を流した。
「私は、一の谷で討死(ウチジニ)すべき身でしたが、生きたまま捕らえられ、大路を引き回され、恥をさらしました。この後、奈良の僧たちの手に渡されて…斬られることとなっています…」
奈良の僧とは、いつか重衡が大将軍として軍を率いて戦った暴徒の生き残りだ。
あの時、重衡は奈良へ行き、多くの民間人、そして大仏を燃やした。
その報いが今、彼の上にふりかかろうとしているのである。
実際に、奈良の僧たちが彼を殺せと騒ぎ立てなければ生き延びるチャンスはあっただろう。
だが、天はそれをお許しにならなかったのだ。
「では…これから、奈良へ…?」
「はい…貴女になんとかして、もう一度お会いしようと…こちらに寄った次第です」
そう言うと、彼は自分の乱れた髪の一部を口元に持っていった。
そして少しだけ髪を食い切り、輔子に手渡した。