夜籠もりの下弦は恋を知る

「輔子…!!」

切ない思いが重衡の内で弾けた。

しっかりと彼女を抱きしめ、最後の口づけを送る。


「輔子、縁があったら後の世でかならず生まれ会いましょう。同じ蓮の上に、とお祈りなさい」

胸が詰まるようで、何も言葉にできなかった輔子は、黙ったまま目に焼き付けるように夫の顔を見つめていた。


「では、馬を待たせてありますので…」


静かに立ち去ろうとする夫。


「もう、行ってしまわれるのですか…?」


輔子の最後のわがまま。

名残惜しさを隠しきれず、彼の袖を掴む。


(行かないで下さい…行ってしまわれたら…貴方様は…)


――死。


けれど、不安な心などおくびにも出さず、重衡はやんわりと輔子の手を離した。


「またつぎの世でおめにかかりましょう」




最後に彼女が目にした重衡は、清らかに微笑んでいた。











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