夜籠もりの下弦は恋を知る


 夫が出て行った後、輔子は御簾の近くで倒れ伏し、大声で泣き叫んだ。



「いや、あ…い、やぁあ…しげ、ひら…さま!!しげひらさまぁあ!!!!あぁああぁあ…!!!!!!」





屋敷の外へ出た重衡にも、この悲痛な叫びは届いていた。


(私のために、泣いて下さるのですね…輔子)

彼は馬にまたがっても、しばしそこから動かなかった。



(…ありがとうございます…)



悲しませるくらいなら、いっそ会わない方が良かった。

一瞬、そんな考えが彼の脳裏をよぎった。

(けれど…それでも、私がお会いしたかったのです…。赦して下さい…輔子…)







 こうして、平重衡は奈良へ赴き、木津川のほとりで首を斬られた。

泣きもせず、喚きもせず、ご立派な最期であったと、見物した誰もが涙を流し口にした。












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