夜籠もりの下弦は恋を知る
広い屋敷の中を、仕える主のもとへと急ぎ足で歩く。
「また文が届いておりますよ」
輔子はお付きの女房から、同じ相手からの何度目かの文を渡された。
「捨ててしまいなさい。私は父上が決めた相手でなければ結婚などせぬ」
輔子は文の中身を見もせずに言ってのけた。
「文の差出人はあの清盛様の御子息、重衡様でございますよ!?あのように魅力的な殿方が求愛されていらっしゃるのに、その文を捨てよと…!?」
「はい。私は恋などせぬゆえ。父上が嫁げとおっしゃる相手に嫁すだけです」
(………嘘です)
「大納言という父上の位を慮(オモンパカ)れば、この答えは至極当然のこと」
(本当は重衡様のこと、とても嬉しい…ですが…)
「私は父上の政略結婚の道具ですから」
(誰か…この私の口を塞いで下さい…。でなければ、嘘ばかりを言い続け、いつか…)
――心が壊れてしまう
輔子はきつく瞼を閉じた。