夜籠もりの下弦は恋を知る


 さて、ある日の午後。

勤めを終えた娘に父親が言った。

「輔子、支度をなさい」

「はい」

父に命じられ、少女が出掛け支度をする。

「父上、どちらに行くのです?」

「清盛様のお屋敷じゃ」

彼女の父、藤原邦綱は平家一門の棟梁、平清盛と仲が良いらしい。

輔子も父が清盛と親しい間柄であることは知っていた。

が、自分を連れだって屋敷に行くのは初めてのことであった。

「この前、清盛様がそなたに会ってみたいとおっしゃられたのだ。だからくれぐれも粗相のないように。良いな」

「はい、父上」

輔子は移動中、輿(コシ)に揺られながら緊張する心を落ち着かせようと必死になった。


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