キスでさよなら~マジョの恋
足下がふわふわする。フロアにしかれた絨毯にヒールをもっていかれそうになり、よろけた。
「一人で帰すわけにはいかないだろ」
駆け寄ってきて腕をとった明は、なだめるように言った。
「けっこうです。まだ電車もあるし」
「そういうことじゃない」
舌打ちをして、明は美紀の背中に腕を回した。
「女たらし・・・・・・」
「うるさい、酔っぱらい。ほんとうに酔ったの? あれだけで」
「まさか。酔うわけないでしょ」
ふりほどくことはできなかった。おそろしいほど強い力で抱き寄せられて、美紀は息もできなくなりそうだった。
「離して」
やっとのことで言ったとき。
「どこにもやらないよ。これは、命令だ」
低い、押し殺したような声が聞こえた。
誰かが明を探して呼ぶ声がする。彼は美紀の手を引くと、ドアを開けて中に体を滑り込ませた。すぐに、通り過ぎる足音がした。だれもいない着替え室は、ただ照明だけがぼんやりとついていた。
ぼうっとして見合っていると、ドアに手をかける気配がした。
開かれたとき、二人は奥のクローゼットにすんでのところで身を隠し、みつかることをまぬがれた。
「おかしいな。いると思ったんだが」
そんなつぶやきが耳に届いた。すぐにドアは閉まり、覆いかぶさるように美紀を壁に押しつけていた明は、ふかく息を吐いた。
せまい場所にいることも忘れて、美紀は明の胸を押した。
「つぅ」
明はハンガーに頭ををぶつけて、顔をしかめた。
「どうして隠れるの」
美紀は間近で見下ろしてくる明の目を見れないまま、ささやいた。
「はやくどいて。帰るんだから」
「だめだ。一人じゃ帰さないよ」
「いつでも自分勝手ね。わたしのお願いなんて、きいてくれたことないじゃない」
「お願いなんてかわいいこと、きみはいつしたっけ?」
頬に明の息がかかる。こわくなって、美紀は目を閉じた。彼の目に、自分がどんなふうに映っているのか、見たくない。気まぐれなのか、それとも、同情なのか、あわれみか。
そのどれもが、美紀にとっては不本意で受け入れがたいものだった。
(私は、いらない。何も、いらない!)
「おれが嫌い?」
口を開こうとしたとき、あたたかな感触が美紀の唇にふれた。息をうばうようなキスだ。熱い舌が忍び込み、好きにふるまった。背中と腰をたくましい腕にとらえられ、逃げるすべもなかった。
「んっ!」
顔を引くと、舌が擦れ合って唾液がこぼれた。
こみ上げた涙をおさえずに、美紀はしゃくりあげた。
「キスなんて大嫌い。あなたも大嫌い」
明は苦しそうに目を細めた。
「もう遅いよ」
狂おしい目でみつめられると、気持ちをうらぎって胸の鼓動がはやくなる。
「もう待てない。きみには悪いけど、おれは割り込まれるのがきらいなんだ。たとえ、相手が兄さんだって」
無茶をする明のほうが、泣きそうな顔をしている。美紀は驚いて聞き返した。
「何の、こと?」
「さあ」
美紀の首筋に顔をうめて、明はささやいた。
「きみは、いつも図書室にいたね」
低いかれたような声。
「ほかの誰も手に取らないような本をさ。あれは、寄贈本なんだよ。貴重な本だけど、きみくらいしか読まなかった。だから、気になったんだ」
「本」
ほこりをかぶったような、かび臭い古い本。
においもはっきり思い出せる。今でも、胸の痛みと一緒に、あの人の笑顔がよみがえる。
「社長・・・・・・?」
「名前で呼ばないと、キスするって言ったと思うけど」
明は泣く子をなだめるように、口づけをした。あめ玉をおしこむような、息の通う甘いキスだ。美紀はあえいだ。
「や」
「兄さんなら、きみは拒まない?」
ドレスごしにふくらみに触れた手が、ゆっくりと胸をなでた。逃げようとすると、ひざを割るようにして体を割り入れてきた明が、ふとため息をはいた。
「おれのほうが、最初にきみをみつけたんだよ」
「うそ」
「うそじゃない」
くるしくて、深く呼吸がしたくて顔をあげた美紀の唇に、明がそっと唇を重ねた。ドレスがずれて露わになった肩に、熱い息がかかった。かたい手のひらが、むきだしの背中をなでる。たくしあげられたドレス。美紀の足の付け根に、ざらりとした堅い腿があたり、甘いしびれがおこった。
体がはねる。押さえようとしても、鼻にかかったような、自分のものとも思えない甘い声が漏れ出すのを止めることができなかった。
明は困り切ったように言った。
「きみをここで、抱いてもいい?」
「だめ」
だめなのはわかっているのに、首筋に舌を這わされると、それほど強い拒絶もできなかった。
「だめっていわれると、よけいにしたくなる」
明は背の低い靴入れに美紀を座らせ、ひざをなでた。そのまま奥へ手をすべらせ、下着の中に指を忍ばせた。
「早急で悪いね。でも、よそに連れて行く余裕なんてないんだ。きみを、誰の目にも触れさせたくない」
ワインのせいだ。 こんなに体が熱く火照るのは。
こわいのに、いやじゃない。いやじゃないけど、こわい。
「待って」
明の腕をつかむと、美紀は必死に言った。
「こわい」
「うん」
美紀の頬に顔を寄せて、明はやさしく言った。
「わかってる。できるだけ、ゆっくりする」
そういうことじゃない。
「おれは、きみのこととなると、ちっとも我慢ができないんだ。本当に、自分であきれるくらいだよ。でも、そばにいてほしい。この気持ちは、うそじゃない。これだけは、本当だ」
足を抱え上げられ、秘めたところに堅い高ぶりがあてがわれた。
「美紀」
息をのむと、耳元で熱い声がする。低くてただ一途な男の声。
名を呼んだのか、それとも言葉にすらならなかったのか、それすらもよくわからない。美紀はきつく抱きしめられながら、背中にしがみついた。そうして、いつも頼りなくも寂しげに見えた背中が、広くたくましいことを初めて知ったのだ。
「一人で帰すわけにはいかないだろ」
駆け寄ってきて腕をとった明は、なだめるように言った。
「けっこうです。まだ電車もあるし」
「そういうことじゃない」
舌打ちをして、明は美紀の背中に腕を回した。
「女たらし・・・・・・」
「うるさい、酔っぱらい。ほんとうに酔ったの? あれだけで」
「まさか。酔うわけないでしょ」
ふりほどくことはできなかった。おそろしいほど強い力で抱き寄せられて、美紀は息もできなくなりそうだった。
「離して」
やっとのことで言ったとき。
「どこにもやらないよ。これは、命令だ」
低い、押し殺したような声が聞こえた。
誰かが明を探して呼ぶ声がする。彼は美紀の手を引くと、ドアを開けて中に体を滑り込ませた。すぐに、通り過ぎる足音がした。だれもいない着替え室は、ただ照明だけがぼんやりとついていた。
ぼうっとして見合っていると、ドアに手をかける気配がした。
開かれたとき、二人は奥のクローゼットにすんでのところで身を隠し、みつかることをまぬがれた。
「おかしいな。いると思ったんだが」
そんなつぶやきが耳に届いた。すぐにドアは閉まり、覆いかぶさるように美紀を壁に押しつけていた明は、ふかく息を吐いた。
せまい場所にいることも忘れて、美紀は明の胸を押した。
「つぅ」
明はハンガーに頭ををぶつけて、顔をしかめた。
「どうして隠れるの」
美紀は間近で見下ろしてくる明の目を見れないまま、ささやいた。
「はやくどいて。帰るんだから」
「だめだ。一人じゃ帰さないよ」
「いつでも自分勝手ね。わたしのお願いなんて、きいてくれたことないじゃない」
「お願いなんてかわいいこと、きみはいつしたっけ?」
頬に明の息がかかる。こわくなって、美紀は目を閉じた。彼の目に、自分がどんなふうに映っているのか、見たくない。気まぐれなのか、それとも、同情なのか、あわれみか。
そのどれもが、美紀にとっては不本意で受け入れがたいものだった。
(私は、いらない。何も、いらない!)
「おれが嫌い?」
口を開こうとしたとき、あたたかな感触が美紀の唇にふれた。息をうばうようなキスだ。熱い舌が忍び込み、好きにふるまった。背中と腰をたくましい腕にとらえられ、逃げるすべもなかった。
「んっ!」
顔を引くと、舌が擦れ合って唾液がこぼれた。
こみ上げた涙をおさえずに、美紀はしゃくりあげた。
「キスなんて大嫌い。あなたも大嫌い」
明は苦しそうに目を細めた。
「もう遅いよ」
狂おしい目でみつめられると、気持ちをうらぎって胸の鼓動がはやくなる。
「もう待てない。きみには悪いけど、おれは割り込まれるのがきらいなんだ。たとえ、相手が兄さんだって」
無茶をする明のほうが、泣きそうな顔をしている。美紀は驚いて聞き返した。
「何の、こと?」
「さあ」
美紀の首筋に顔をうめて、明はささやいた。
「きみは、いつも図書室にいたね」
低いかれたような声。
「ほかの誰も手に取らないような本をさ。あれは、寄贈本なんだよ。貴重な本だけど、きみくらいしか読まなかった。だから、気になったんだ」
「本」
ほこりをかぶったような、かび臭い古い本。
においもはっきり思い出せる。今でも、胸の痛みと一緒に、あの人の笑顔がよみがえる。
「社長・・・・・・?」
「名前で呼ばないと、キスするって言ったと思うけど」
明は泣く子をなだめるように、口づけをした。あめ玉をおしこむような、息の通う甘いキスだ。美紀はあえいだ。
「や」
「兄さんなら、きみは拒まない?」
ドレスごしにふくらみに触れた手が、ゆっくりと胸をなでた。逃げようとすると、ひざを割るようにして体を割り入れてきた明が、ふとため息をはいた。
「おれのほうが、最初にきみをみつけたんだよ」
「うそ」
「うそじゃない」
くるしくて、深く呼吸がしたくて顔をあげた美紀の唇に、明がそっと唇を重ねた。ドレスがずれて露わになった肩に、熱い息がかかった。かたい手のひらが、むきだしの背中をなでる。たくしあげられたドレス。美紀の足の付け根に、ざらりとした堅い腿があたり、甘いしびれがおこった。
体がはねる。押さえようとしても、鼻にかかったような、自分のものとも思えない甘い声が漏れ出すのを止めることができなかった。
明は困り切ったように言った。
「きみをここで、抱いてもいい?」
「だめ」
だめなのはわかっているのに、首筋に舌を這わされると、それほど強い拒絶もできなかった。
「だめっていわれると、よけいにしたくなる」
明は背の低い靴入れに美紀を座らせ、ひざをなでた。そのまま奥へ手をすべらせ、下着の中に指を忍ばせた。
「早急で悪いね。でも、よそに連れて行く余裕なんてないんだ。きみを、誰の目にも触れさせたくない」
ワインのせいだ。 こんなに体が熱く火照るのは。
こわいのに、いやじゃない。いやじゃないけど、こわい。
「待って」
明の腕をつかむと、美紀は必死に言った。
「こわい」
「うん」
美紀の頬に顔を寄せて、明はやさしく言った。
「わかってる。できるだけ、ゆっくりする」
そういうことじゃない。
「おれは、きみのこととなると、ちっとも我慢ができないんだ。本当に、自分であきれるくらいだよ。でも、そばにいてほしい。この気持ちは、うそじゃない。これだけは、本当だ」
足を抱え上げられ、秘めたところに堅い高ぶりがあてがわれた。
「美紀」
息をのむと、耳元で熱い声がする。低くてただ一途な男の声。
名を呼んだのか、それとも言葉にすらならなかったのか、それすらもよくわからない。美紀はきつく抱きしめられながら、背中にしがみついた。そうして、いつも頼りなくも寂しげに見えた背中が、広くたくましいことを初めて知ったのだ。