コンパス〜いつもそばで〜


「あれ?佐野たちは?」

先ほどまで、この場所に居なかった梶野くんが帰ってきて声をかける。


「ん?フードパーキング」

「そっ」

「そぅ」

「前田は?」

「ん?もうちょっとだけ見てたくて」

「そっ」

「そっ」


梶野くんも沙耶たちの所に行くのかと思ったけれど、彼は、私が座っている席の一つ空けて隣の座席に腰を下ろすと、ピッチを眺めていた。

彼も、この雰囲気を味わっているのかもしれない。
サッカーをしている者として、私とはまた別の感じ方があるんだろう。

静かな時間だった

周りは、ワイワイと賑やかだったけれど、この場だけは遠くの鳥の鳴き声も近くに聞こえるような静けさがあった。




「俺が負けを認めたのはアイツが初めてだった」

そう言って梶野くんは独り言のように話し始めた。

「宮下秀之はさ、俺の中で越えられない壁なんだ」

「え?」

「初めてアイツと対戦したのは、小学六年の府選抜での試合だった。
あの頃、俺、センターバックしていてさ、“最強のバック”なんて言われてて。自分でも、抜かれる奴なんてない。ってくらい自信もあった。
けど、アイツは、軽々と抜いていった。フェイントかけてくるって分かってんのにつられてさ、股下抜かれるって分かってるのに、簡単にゴール奪われた」

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