ミルクの追憶
クロエの不安は的中した。
その日を境に二コラは猛烈にヴァイオリンを弾くようになったのだ。
まるで憑りつかれたように寝る間も惜しんで毎日のように。
食事も碌にとらなくなった二コラはみるみるうちに痩せていく。
「二コラ、もうやめて」
「何を言ってるの、クロエ。キミにはこの素晴らしい音が聴こえないの?」
「聴こえてるわよ!だけどもう、これ以上弾いてたら、」
“二コラは完全にヴァイオリンに飲まれてしまうわ”
クロエは憎々しげにその呪われたヴァイオリンを睨みつけた。
愛しい彼の腕の中で気持ちよさそうに生きた声をあげるヴァイオリン。
その音色はいままでに耳にしたことがない程に扇情的で麗しく、彼の言う通り素晴らしかった。
だからこそ、憎い――。