ミルクの追憶






「二コラ、やっぱりだめなのね」

「早く彼女を返すんだ……そうじゃないと……」

「このままこれと一緒にいたら、二コラ、あなたは死んでしまうわ」

「なにいってるんだ、早く、返してくれ、お願いだ……ぼくには彼女が、」


“もう、こうするしかないのよ”

感情のこもっていない声でクロエは言い放ち、マッチを一本暖炉に放った。

そして二本、続けて三本擦った。




「なにをして……」

「ごめんなさい、二コラ。あなたのためなのよ」


暖炉の火が轟々と燃え盛る。

それはまるで地獄の業火のようだ。

クロエがそっとヴァイオリンを掴む――。



「……や、やめるんだ……やめてくれ」

「ごめんなさい、愛しているのよ、二コラ」


クロエは泣きながら、けれど容赦なくヴァイオリンを暖炉にくべた。



「あぁぁああああぁぁぁあああぁぁああ!」


その瞬間二コラは悪魔のような声をあげて叫び、ヴァイオリンを必死で取り戻そうと暖炉に駆け寄った。



「だめ!だめよ、二コラ!燃えてしまうわ」

「でも、でもクロエが……クロエェェエエ!」

「クロエなら……ここにいるじゃない、ねぇ。どうしてわからないの?」


そのとき初めてしっかりと、二コラはクロエの瞳を覗き込んだ。

その目は涙で濡れ、奥には炎が映りこみ、激しく燃えていた。

彼女の瞳の中で、二コラの愛しいヴァイオリンは燃えていた。





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