ミルクの追憶
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クロエが飛び降りた窓枠。
レースのカーテンが夜風に吹かれて静かに揺れるその奥で、満月が嗤っていた。
「……」
たったいま、一人の人間が飛び降りた事実などなかったかのように部屋の中は静謐で、シン、としていた。
――なにもない。
パチパチと燃え盛る火の音だけがこだまする。
「……ク、ロエ?」
二コラは震える声で彼女のなまえを口にした。
そして窓枠から目をそらし、暖炉のほうを振り返る。
もう、そこにかつての彼女はいなかった。
あとには虚しく散った残骸だけが、灰になって残っていた。
「ぁぁぁぁぁああああぁぁ!」
二コラは叫び声をあげて頭を抱えた。
衝動的に窓辺にかけより、外を見下ろす。
「……そん、な、」
この世で最も辛い光景が、目下に広がっている。
ブロンドの髪は無残に乱れ、横たわる彼女の体からは赤い血がアスファルトに染み込んでいく。
「うそ、だ……ぼく、は、」
きゃー!と誰かの悲鳴が聞こえた。外が騒がしくなっていく。
二コラの血管はどくどくと脈打ち、歯はがたがたと震え、頭を抱えた指先もどんどん冷たくなっていく。