ミルクの追憶
「ど、うしたの、二コラ」
「それには触っちゃだめだ」
有無を言わせない物言いで、二コラは厳しい顔をしている。
クロエは首を傾げ、もう一度たずねた。
「どうして?」
「……それには、ぼくらの記憶がはいっているんだよ」
「きおく……それならいいじゃない!」
「だめだよ」
「だって、それならわたし、あなたのことも自分のことも思い出せるわ」
「……だめなんだ、絶対にあの箱は開けちゃいけないよ」
二コラはそれ以上箱の話をすることを許さなかった。
「クロエ、愛してるんだ。もうどこへも行かないでほしい」
毎日その言葉だけを繰り返し、二コラは彼女を抱きしめて、もう何回目になるかわからないほどのキスを交わした。
けれどそんな二コラの傍らで、ちらちらと視界にはいるあの箱のことがクロエは気になって仕方なかった。
どうして二コラは頑なにあの箱を拒むのだろう。
理由を聞いても答えないのだからなおさらだった。
クロエはいつしかその箱のことばかり考えるようになり、上の空になっていった。