ミルクの追憶
「いやぁぁぁぁぁあああ!」
ヴィヴァルディの旋律。
激しく、激しく、クロエの心を揺さぶり引き裂いていく。
「ぁぁぁぁああぁぁあ」
短く歯切れのいい音が、耳をつんざく。
悲痛な音色にのせて彼女の体を記憶がとりまいた。
チェリーニのヴァイオリンの話。
赤い目をした二コラが狂ったようにそれを弾く姿。
愛してる、クロエ――ヴァイオリンに向かってそう囁きながら妖しいほどに美しい音を響かせる二コラ。
自分の顔も忘れてしまった二コラ。
さよなら、二コラ――最期に見た、愛しい二コラ。
「いやぁぁぁああぁあぁ、……いやニコ、ラぁぁあ」
彼とここで過ごした時間。
ミルクの匂いに包まれた甘いバスタブ、至福のキス。
愛に溢れた数か月。
何度となく向けられた、愛の言葉。
それでも否応なしにヴィヴァルディの悲痛な叫びはとまらない。
もう、引き返せない。
幸せな時間はあっとうまに終わりを迎えてしまった。