ミルクの追憶
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「おかえり、少年」
メフィストが二コラを迎える。
もう、ここはあの昼も夜もない幸せな場所ではない。
ここに、クロエはいないのだ。
「ずいぶん長かったじゃないか。待ちくたびれたぞ」
「……クロエ」
「なんだ、まだ未練がましいことを言ってるのか。おまえは死を覚悟したんじゃなかったのか?」
「クロエ」
「約束通り、もうすぐ彼女は目を覚ますだろう」
実際にはたった数日間、クロエは病院のベッドで意識を失っていた。
メフィストが二人のために用意した仮想空間での時の流れはこの世のものとは異なるのだ。
「おまえは、俺とともに地獄へ行こう、さぁ。その魂を俺がもらってやる。有難く思え」
二コラは疲れ切っていた。
クロエと過ごした時間はあまりにも幸せすぎた。
もう何も望めないし、考えられない。地獄だろうとどこだろうと、クロエが生きられるのならそれでいい。
「言い残すことはないか」
「ばかだな、悪魔になんか何を言ったって意味はないさ」
「それもそうだな」
せめて言うことがあるとすればそれは
愛しい彼女――クロエに。
百万回言っても足りない“愛してる”を伝えたい。