恋はいっぽから!
病室の扉を、ガラリと開ける。
横たわっていた大柄の男が………ちらりとこちらに目をやって、のろのろと…その身体を起こした。
「なんだ、お前か。」
会うと必ず発せられるその台詞は。
一種のお約束のようなもので…
聞き慣れたソレに、いちいち反応するほどこちらも子供ではない。
「…タオル、入れておくから。」
顔も見ずに…
事務的な作業をただ行う。
無言の部屋に響くのは。
苦しそうに呼吸を繰り返す…親父の息の根。
「お前、サッカーは?」
「この後行く。」
「ここに来る暇あったら…ボールでも蹴ってろ。」
「わかってる。」
『ありがとう』とか、そんな言葉をこの人が持ち合わせてないことくらいは…わかっている。
ただ、俺に対して言う言葉は…いつもサッカーのことばかり。
それが、苛立ちの原因でもあった。
「二岡さ~ん、お茶と白湯どちらにしますか?」
若い看護師がやって来ると、
途端に…態度を変える。
「コイツはウチの長男。俺に似て、いい男だろう?サッカー部のエースなんだよ。」
「色男ですねぇ~、私が若かったらなぁ…!」
「ははっ、嫁に来てくれんのか。」
微塵にも思ってないことを口にしながら、顎を突き出して…、『湯呑みにいれてもらえ』と俺に合図する。
「すみません、白湯で。」
「は~い。」
俺は看護師に白湯を入れてもらうと。
ベッドに備わっているテーブルへと…乱暴に置いた。
「間もなく夕食の時間なので…後で持ってきますね。」
「…ああ、ありがとう。」
………。
言えるんじゃねーか。
「…じゃあ、ごゆっくり。」
ペコリと頭を下げて…。
彼女は、病室を後にした。
俺はそのタイミングで、ベッドを手動のハンドルで…起こす。
「ああ…、そうだ。さっき、風夏が来てくれて…これを置いて行った。オマエも…食べるか。」
親父が、テーブルに置かれたタッパーを指さす。
「…それナニ?」
「夏みかんの寒天。」
「……いらない。」
「…そうか。」