俺と初めての恋愛をしよう
後藤は、いつ用意していたのか、銀行の封筒を今日子の前に差し出した。

「生活を見るのは男の役目だ。今日子はこの金でやりくりをして、家を守ってくれればいい」
「でも」
「遠慮をするものでもない。当たり前のことだ。俺は日本に戻ったばかりで、見て分かる通り、生活用品が揃っていない。今日子は、その金で必要なものを買ってくればいい。いいか、自分の金を使うんじゃないぞ」

テーブルに置かれた、少し厚みのある封筒を持って戸惑う。
確かに結婚をすれば、妻が家計のやりくりをするだろう。だが、まだその段階ではない。
後藤は、戸惑う今日子をしり目に、黙々と朝食を食べている。
今日子は後藤を見ながら、今いる場所が、異次元の世界なのではないかと、まだ現実が信じられないでいる。後藤が本社に戻って来て挨拶をしたのが、ついこの間だ。まさか、一緒に寝起きをするとは思わないし、まして、自分に好意を持っていたことなど思いもよらなかったのだ。

「どうかしたのか? 具合でも悪いか?」
「あ。いいえ、なんでもありません」
「無理をしないで、体調が悪いなら横になっていればいい」
「はい」

後藤は今日子に敏感だ。
ただ想いを告げてこうしていれば普通のカップルだが、今日子は辛い過去を背負っている。それを知った後藤は、今日子に対して神経質になっている。
静かな朝食を食べ終えると、後藤は出勤の支度をする。
さらりとしていた髪はきちんとセットされ、腕時計をはめる。
今日子は言われるまでもなく、背広を後ろから着させて、玄関に見送りに行く。

「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
「無理しないように」
「ありがとうございます」

鞄を渡すと、後藤は受け取りながら、今日子にキスをする。
何度もキスをしたが、まだこれには照れがある。

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