俺と初めての恋愛をしよう
後藤を送り出すと、閉じた玄関のドアを暫く眺めた。送り出した男は、仕事ができて、異例の出世を告げた男だ。女子社員には狙われ、男子社員には憧れられる存在の男だ。そんな出来るパーフェクトな男が、今日子のような地味な女で、なんでも悲観的に捉えるマイナス思考の女を選ぶ。今日子は、信じられない気持ちよりも、もっといい人がいると、後藤から離れる気持ちが強くなる。

「わたし……」

考えれば深みにはまる。
今は、言われた通りに動いてみるしかない。今日子はふうっと小さく息を吐き家の中に戻った。
気を取り直して、今日子は後片付けをし、部屋を掃除する。
テレビに表示された時間を見ると、不動産屋が営業を始めた時刻になっていた。
ショッピングを楽しんだ買い物品から、洋服を出して仕度をし、メイクをする。

「髪はおろしてとかすだけでいいわね」

ひっつめ髪と言われる一つに縛る姿が、今日子の定番だった。
しかし、眼鏡をはずして少しずつ自分に自信が出てきてからは、楽しむ気持ちが出てきている。
後藤のマンションを自分の住みかであるような点検をして、家を出る。
そのまま一度アパートに戻り、契約書や印鑑など必要なものを用意する。
たったの一日空けただけなのに、なぜか懐かしい。
アパートに戻ると、ゆっくり腰を降ろしてしまい、お茶まで飲んだ。
今日子はあまりに深く考えなさすぎなのではないかと、また悩み始めた。
いくらなんでも一緒に住むまでが早すぎる。
後藤に押され、それもいいかもしれないと、承諾してしまったが、普通に考えればあり得ない話だ。
実際、此処にいる方が落ち着く。
今日子はやはり、他人と交わることが苦手なのかもしれない。それがたとえ好きになった後藤でさえも。

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