俺と初めての恋愛をしよう
「今日の夜、“SHIBANO”で待っています。林さんのことで話があります」

すぐに、了解との返信がきた。
大学病院で勤務していた時、家族、家庭、子供のこと、大学での激務。いろいろなことが重なり、植草は限界に来ていた。子供がいるからといって優遇される立場ではない。日々、命と戦っているのだ。人の面倒は見ても、自分の子供は見られないのかと、自分を責めた。そんなとき、産業医はどうかと誘いがあった。診察も診療も出来ないが、常勤で給料もいい。残業もなければ、カレンダー通りに休みが取れる。医者としてのやりがいはないが、子供のことで、自分とのけじめがついたら現場に出るつもりで、引き受けた。だが、産業医として勤務してみると、現代社会の問題が肌で感じ取れる。精神的に病む人が後を絶たないのだ。そのかなでも今日子は別格ものだ。
植草にはどうすることも出来ないが、後藤ならなんとか出来るかもしれない。いや、今日子の深く根強い劣等感は誰にも拭い取れないかもしれない。
しかし、後藤に報告せずにはいられなかった。
定時に会社を出ると、“SHIBANO”で植草はワインと軽くつまんでいた。
柴野も席に座っている。

「先生珍しいね、夜大丈夫?お子さんは?」

「今日はたまたま、夫が有休を取って休みなの。だから子供はパパが見てるわ」
「じゃあ、ゆっくり出来るね」
「まあね」

店のドアベルがなり、そちらを見ると後藤が入ってきた。
植草は手を上げて、合図を送る。

「おまたせ」

後藤は、窮屈なネクタイを緩めて席に着く。

「お疲れ様。ワインでいい?」
「ああ」

置かれていたワイングラスにワインを注ぐ。

「俺は何か食事を作ってくる。飲んでろ」

柴野は厨房に下がった。

「で、林の話って?」
「まあ、乾杯してからでもよくない?」
「あ、悪い。お疲れ」
「お疲れ」

互いにワイングラスを軽く持ち上げ乾杯する。

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