俺と初めての恋愛をしよう
  後藤が手を差出し、その手をとった。
後藤はうっかりしていたと、内心反省をしていた。
過去の世間から遮断した状態が平常で、今の状態が不安定なのだということを。今日子は今、一生懸命に自分と戦っている、そのことを忘れたらダメなのだと、心に刻んだ。
“SHIBANO”はランチの時間を過ぎていたからか、空いていた。
 店のドアを開けると、「いらっしゃいませ」と声がかかる。
 後藤が二人と告げ、席に案内された。

 「悪いが、手が離せるようだったら柴野を呼んでもらえないか?」

 と、案内した店員にお願いをする。
 渡されたメニューを見ながら、何にしようかと迷っていると、柴野がテーブルに来て、今日子の隣に座った。

 「こ、こんにちは」

 びっくりして思わず挨拶をしてしまう。
後藤とは違う、人懐っこい感じの柴野は、少し苦手だ。にこやかな笑顔の裏で、すべてを見透かされているようで、少し怖い。

 「いらっしゃい。今日は食べたら逃げないでね?」

 後藤と違い、ちょっと軽いのかウインクをした。

 「は、はい。すみませんでした。あの、美味しかったです」
 「そうでしょ?ありがと」

 柴野は、4人掛けのテーブルで、自然な感じで今日子の隣に座った。

 「おい。何故お前は今日子の隣に座る」

それを後藤が許すわけもなく、みるみる顔が険しくなる。

 「野郎よりも女の子の方がいいに決まっているから。ねー」

 首を傾け、今日子に同意を求めてきた。
 やはりなんだか、手慣れている感じが柴野にはある。

 「は……い」
 「今日子は何故許す」
 「すみません」

 後藤の怒りの矛先は今日子に向かってきた。どうしたらいいのだろうかと戸惑っている。

 「いいじゃないか、直ぐにオーダーを作りに行くんだから。ほら、なに食うんだ?」
 「ちっ」

 後藤は、舌打ちをした。

 「今日子ちゃん? 髪から凄くいい香りがするね。それにとても綺麗な髪をしているんだね」

 すーっと、今日子の髪を数本すくった。
柴野は、明らかに後藤を煽っている。にやつき、視線を後藤に向けているからだ。
後藤が嫉妬をするのを面白がっているのだ。

 「おい! 誰が触っていいって言ったんだ!」

 席から立ち上がり、今日子の髪を触っていた柴野の手をたたいた。
 びっくりして周りを見渡せば、何組かしかいなかった客が一斉に見た。

 「なんだよーケチ。ねー、今日子ちゃん?」

 同意を求めないで欲しい。怒りがこちらにも向かってくるのだ。今日子はホラー映画にも似た恐怖を覚えた。どう返事をしたらいいかわからない今日子は戸惑うばかりだ。

 「ケチじゃねえよ。今日子もじっと触らせてるな。もう帰る。行くぞ今日子」
 「え!?は、はい」
 「おっさんがやきもちやいてみっともなーい」

 柴野がやめればいいものを、追い打ちをかける。

 「う、うるさい。もう来ねえよ」 
 「柴野さん、また」

今日子は、軽く会釈をして挨拶する。

 「大変だねえ、今日子ちゃん。今度は一人で来てね」

 明るく手を振り見送る。
 からかうのはいいが、後のことを考えて欲しい。機嫌を直すのは大変なのだと今日子は、これから訪れる自分への嫉妬に、恐怖すら覚えた。

 「早く来い」

 手を強く引っ張り店を後にした。
 店を出ても後藤の怒りは収まらず、どんどん歩いていく。コンパスの長さが違うからか、付いて行くのに小走りになる。

 「ぶ、部長。もう少しゆっくり……はあ」
 「……」

後藤は、足を不意に止めた。

 「はあ、はあ。あ、ありがとうございます。ふう」
 「家に帰るぞ」
 「はい」

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