やさしい色
迂闊(うかつ)だった。
もっと用心してから手を伸ばすべきだった……!
後の祭りである。
『でも母さん、その日、わたしの誕生日なんだけど』
『知ってるわよ』
『だったらね、そんな酷な話は常識的に考えてないと思うの』
そう言うと、母はエプロンのポケットからおもむろに何かのチケットを取りだした。
『なにこれ―――って、クリスマス東京ディズニーランド1日パスポート!?
それに、えっ! ホテルまで!? なにこれちょっと』
『ふっふーん。聞いて驚け、なんとこれ、お姉ちゃんが当ててきてくれたの! 商店街の福引きで!』
『ご家族さま4人まで! お母さんと、お姉ちゃんとお姉ちゃんとわたしかぁ。
お父さんお留守番で可哀想だけど、しょうがないよね』
ケーキ屋でのお手伝いのことなど簡単にすっぽ抜けて、当日は何を着ていこうか、なんて胸を躍らせた次の瞬間、
何言ってんの、と母は無情に娘の手からチケットを取り上げた。
『行くのはママとパパとお姉ちゃん二人よ』
『!!!』
開いた口がふさがらないとはこのことかと思った。
『―――……は、はァ!?』
……とまあ、おおまかな経緯はこんなところである。
(その後、1日パスポートを巡り、吉崎家では目も当てられぬほど、上を下への壮絶バトルがあったことは想像に難くあるまいが、ここでは省くこととする)
ケーキをすべて売りさばけば解放される約束だが、用意されたうちのまだ半分しか売れていない。
貸衣装の女子版サンタももはやあちこちで定番化されて、ミニスカじゃないサンタなどすでにお呼びではないのか……。
上から覗き込むように見られて、落胆のため息をこぼされるのがこの上なく不愉快だった。
まして舌打ちだったときはもう最悪。
……こうと決めた母の意思を覆すことは、およそ無理に等しい。
それでも普段の柊に比べれば、ずいぶんと抗戦した方だった。
なにせ、クリスマスに、ディズニーランドだ。
彼氏もいない自分が、デートに勝る幸福を享受するにはこれ以上のことはない。
が、それでも駄目だった……。
昨日は、こんな柊の悲運を哀れんで親友のミナが遊びに来てくれたけれど……。
柊は並べ終えた大量のシャンパンを前に、ひそかにため息を吐く。
これを一緒に開けて飲んでくれる人も、今日はいない。