やさしい色

 声だけならまだよかっただろう……

 問題は、異性との距離というものを意識しない、通用しない入栄が、
 ある意味で簡単に、一線を越えてしまうことだった。


 顔が、近い……近すぎます!


 それでも20センチはあるかもしれないが、柊の基準は教室の、あの、前後の席でふりかえったとき、離れている互いの顔の間隔がベストなのだ。

 それなのに……。


 柊はたじろぎ、ぐっとアゴを引いて思案する。


 からかって、いるのだろうか。


 それにしては彼の双眸に宿る光があまりに無垢で、いとけなさすら感じられる邪気のない笑顔はきわめて純粋、
 言葉には真心が込められていた。

 慣れない男性との距離感と羞恥、
 涙が出そうなほど強い彼の眸におののきながら、

 それでも、彼の笑顔から目を離せない自分が不思議だった。


(………)


 彼の「おめでとう」にはいろいろ圧倒されるものがありながら、一方で、
 圧倒に似つつも決定的に異なる何かが胸の真ん中に落ちてきたような……、

 単なる驚きではない、おどろきがあった。


「何かプレゼントあげたいなー」

「いっ、いいよそんな」


 遠慮する柊を余所(よそ)に、あたりに視線を巡らせていた入栄は、ふと柊の背後で目を留めた。


「ケーキ、すき?」


 帰ってからの一人ホールケーキを思い出して柊はたちまち青ざめた。


「好きだけど、もう、お腹いっぱい……」

「あぁ……まぁ、これだけ見てればね」


 納得したようにそう言うと、何かを思いついたようにいきなり、入栄は、あっ、と声を上げた。


「これ、ちょっとここに置かして!」

「えっ、でも…………あ、ちょっと!」

「すぐ戻るー!」


 肩越しに破壊的笑顔を投げて、またたく間に入栄は闇の中へと消えていった。


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