やさしい色

「ちょ、チョコを……」

「え―――チョコ?」


 一瞬、何を言っているのかという顔をされたが、今日がどういう日か思い出したのだろう、和眞は頷いて、先を促した。


「渡そうと、したら……その人、もう、彼女が……いて……」


 ……我ながらよくこの状況でそんな嘘が思いついたな、ましてや言えたな、と感心しきりだ。


 どうしても、悟られてはいけなかった。


 万が一にも悟られたなら、一瞬でも疑われたのなら、わたしはそれをその場で徹底的に踏み潰さねばならない。

 火種となるだろう剣呑なものは、煙草の吸い殻同然に踏みつけ、こすって、煙も残らず消し去らねばならない。


 それがたとえ、これまで、己が大事に大事に守りあたためてきた心の欠片を自らの手で粉砕することになってでも―――……。


 前髪に触れて、隠れているうちに顔を作る。


 わたしはあなたを見ていない。見ていたんじゃないの。

 見ていたのは別の人。



 ……悲しみに暮れて、押し潰されて、つらくてだから、ひとときの止まり木を求めたの。



 あなたの心が欲しかったんじゃない。

 欲しかったのは、寂しさを紛らすための誰かの温もり―――……


 それだけ。



「見苦しいところ見せて、ごめん……」

「ううん」


 気丈な風を装って、柊は精一杯わらってみせる。

 柊の思惑が通じたか和眞は―――気遣わしげなのは変わらずだが―――どこかほっとした様子だった。


 身体を離されたときに感じた、よそよそしいくらいの見えない壁が一気に消滅する予感に、安堵と、反面、不安が同時に押し寄せる。


 心の距離が、互いの立場が元通りになるのを、それを和眞が手放しで喜んでいるのを彼の明るい眼差しに見て取って、



 柊はいやでも塞ぐ気持ちを必死で押し殺した。


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